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2005年7月15日 (金)

「朝鮮紀行」その2 と「日本奥地紀行」その1

「朝鮮紀行」その2 と「日本奥地紀行」その1

「朝鮮紀行 英国婦人の見た李朝末期」イザベラ・バード著 時岡敬子訳
ISBN4-06-159340-4

「日本奥地紀行」イザベラ・バード著 高梨健吉訳
ISBN4-582-76329-4

「朝鮮紀行」を読み終えていないのに「日本奥地紀行」に手を出してしまった。そして両方とも読みながら記事をかきたくなってしまった。題名が安直であることには気がつかないように。

ところで、イザベラ・バードが日本を旅したのが 1878年(明治11年)で朝鮮を旅したのが1894年から1897年にかけてである。十数年の時間差があること、記述の形式の違い、記述する期間の長さの違いも忘れないようにしないと何を比較し何を知りたいのか判らなくなってしまう。

朝鮮紀行 P55  第二章 首都の第一印象

私は昼夜のソウルを知っている。その宮殿とスラム、ことばにならないみすぼらしさと色褪せた栄華、あてのない群衆、野蛮な華麗さという点では他に比類のない中世風の行列、人で込んだ路地の不潔さ、崩壊させる力をはらんで押しよせる外国からの影響に対し、古い王国の首都としてその流儀としきたりとアイデンティティを保とうとする痛ましい試みを知っている。が、人ははじめからそのように「呑み込める」ものではない。一年かけてつき合ったのち、わたしはこの都を評価するにいたった。

朝鮮紀行 P59  第二章 首都の第一印象

城内ソウルを描写するのは勘弁していただきたいところである。北京を見るまでわたしはソウルこそこの世でいちばん不潔な町だと思っていたし、紹興へいくまではソウルの悪臭こそこの世でいちばんひどいにおいだと考えていたのであるから!

うーん、こんな引用のしかたでは「嫌韓」のプロパガンダではないか。しかし「日本奥地紀行」でもイザベラ・バードは蚤になやまされているとは記すものの、(第10信までには)これほどキツい表現は出て来ない。それよりも日本の街並について、このように記している。

日本奥地紀行 P29 第1信

日本の大通りは、イギリスの忘れられた田舎町によく見られる上品で立派な大通りと変わりはないのだが、かれらはそれに似合わぬ自分たちのおかしな姿に、少しも気がついていない。車は疾駆し、追いかけ、互いに交叉する。

彼女の(日本人の体型に対する)偏見を差し引けば、日本の街並がイギリスの上品な田舎町に似ている、つまり、彼女にとって(それほど)不快ではない場所であるように読める。(老婆心ながらご注意申し上げると、車とは人力車のことで自動車ではない。お間違いのないように)

つづく......

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