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2005年7月16日 (土)

「朝鮮紀行」その3 と「日本奥地紀行」その2

「朝鮮紀行」その3 と「日本奥地紀行」その2

「朝鮮紀行 英国婦人の見た李朝末期」イザベラ・バード著 時岡敬子訳
ISBN4-06-159340-4

「日本奥地紀行」イザベラ・バード著 高梨健吉訳
ISBN4-582-76329-4

日本は(現代においても、そして世界中のどの国においても)全ての人々が物質的に恵まれているわけではない。この記述は鬼怒川の近くの(イザベラ・バードの従者&通訳の)伊藤もまったく知らなかった貧しい村のようすである。

日本奥地紀行 P146 第11信

仕事中はみな胴着とズボンをつけているが、家にいるときは短い下スカートをつけているだけである。何人かりっぱな家のお母さん方が、この服装だけで少しも恥しいとも思わずに、道路を横ぎり他の家を訪問している姿を見た。幼い子どもたちは、首から紐でお守り袋をかけたままの裸姿である。彼らの身体や着物、家屋には害虫がたかっている。独立勤勉の人たちに対して汚くむさくるしいという言葉を使ってよいのでものならば、彼らはまさにそれである。

そして美しいほど清潔な都市もある。以下は新潟市についての記述である。

日本奥地紀行 P195 第16信

ここには美しい料亭が多いので有名であり、遠くの地方から訪れてくるものが多い。また劇場が立派で、この町は娯楽の一大中心地となっている。町は美しいほどに清潔なので、日光のときと同じように、このよく掃ききよめられた街路を泥靴で歩くのは気が引けるほどである。これは故国のエディンバラの市当局には、よい教訓となるであろう。藁や棒切れが一本でも、紙一枚でも散れば、たちまち拾いあげられてしまう。

イザベラ・バードは日本の行政機構を基本的には信頼しているようである。対して李氏朝鮮の行政機構は評価していないようだ。

朝鮮紀行 P211 第十二章

作物は整然と植わっており、畦や灌漑用水路も良く手入れされている。日本と土壌が良くにているのであるから、しかも気候は日本よりもはるかによく恵まれているのであるから、行政さえ優秀で誠実なら、日本を旅した者が目にするような、ゆたかでしあわせな庶民を生みだすことができるであろうにと思う。

そして以下は沿海州のロシア支配下の朝鮮人に対する記述である。

朝鮮紀行 P307 第十九章

朝鮮にいたとき、私は朝鮮人というのはくずのような民族でその状態は望みなしと考えていた。ところが沿海州でその考えを大いに修正しなければならなくなった。みずからを裕福な農民層に育て上げ、ロシア人警官や軍人から勤勉で品行方正だとすばらしい評価を受けている朝鮮人は、なにも例外的に勤勉家なのでも倹約家なのでもないのである。

つづく....

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