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2005年9月22日 (木)

男女平等

男女平等

「男女共学は時代遅れ?」ベッグ・タイヤー
ニューズウィーク日本版 2005/9/28

平等とか差別とか人権とか、考えれば考えるほど判らんね〜、この記事は小学校レベルでの教育のお話し。

脳の発達や構造には男女差があるという研究に基づきアメリカで男女別カリキュラムを採用する学校が増えはじめた。
(略)
男子と女子は生物学的に異なるのだから、別の教室で別の授業を行ったほうがいいーーーグレイら一部の教育者が信奉しているのは、そんな過激な考えだ。
(略)
ほとんどの学校では、女子のほうが優遇されていると語るのは、社会哲学者のマイケル・グリアン。「教師には女性が多い。彼女たちは、自分が理解しやすいと思う方法で授業を行っている」
(略)
教室での男女格差を縮めるには、教え方を変えなければならないと、グリアンは主張する。たとえば、男子は女子よりも視聴能力が劣るという研究結果がるので、男子のために教室の照明を明るくし、先生は大きな声で話さなければならないという。

確かに男女の脳は異っていると思う。女の子は幼稚園の時から女の子だし、男の子は男の子だ。勿論、個人差と言うものはある。けれども、男女で発達の過程が異るというのは事実だと思う。

男女平等に反対ではない。しかし、何が男女平等なのかは良く判らない。性質が異るものを同じに扱うことが「平等」なのだろうか。性質が異ることが判っているのなら、それに合わせてカリキュラムを組むのも良いのではないかと思う。

「女子にも教育を」という時代は終ったと思う。60年前には男女平等の為に「男女共学」「男女でカリキュラムに差を付けない」ことは有効に働いた。女子の就学率は上がり「女子にも教育を」という時代は終ったのだ。ならば、科学が進み男女の脳の機能や発達の差が判ってきたのだから、男女別のカリキュラムを作ることはより良い教育へつながるのではないかと思う。

しかし「ジェンダーフリー」と真っ向からぶつかるかもしれんね。

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