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2005年9月26日 (月)

人権と人義と自由

人権と人義と自由

権利には義務が、自由には責任が伴う

なら「人権」には「人義」が伴うだろう

「人としての義務」ってなんだ?

「自由」と言う言葉は好き

「人権」と言う言葉は嫌い

「『自』分が理『由』」で「自由」

「自由に行った」結果は「自分の責任」

自分が理由なのだから、自分に責任があることは明白

「人権」は中味の無い言葉

どんな事でも「人権」と言い張れる、だから

大きな声で「人権!」と叫ぶことが出来る者が利益を得

声も出せない者、あるいはお行儀の良い者は

何も得ることができない言葉

それが「人権」

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コメント

恐ろしい猛獣たちに囲まれて人権や生命権などを振りかざしても意味がない。所属する国家又は共同体の内にあってこそ人権を主張することができるでのである。それも国家や共同体に個人の100%の人権を委ねる所属契約(国籍等)の下にである。もし犯罪を犯せば刑罰によって100%の人権が蹂躙(20%?~90%以上?)されることになる。万一戦争や紛争が勃発すれば、国家及び共同体の大義が優先し個人の100%の人権は100%蹂躙されることになる。国家にあっては産まれた子供は入籍と同時に国家に100%人権を委ねることに同意したことになる。自分が産んだんだから自分のものではないのである。いわゆる入籍と同時に、国家が子供が成人するまで育てあげることを両親に嘱託しているのである。国家に所属している限り、親は子供の人権を守りきれないのである。またこの大義とは、時の権力者たちの意思またはマジョリティ(大多数)の意思によって決定される。それから、100%の人権の履行には100%の人義の履行が担保されていなければならない。いわゆる権利と義務は同じ質量でバランスしていなければならないということである。しかし、大抵は権利権利と主張する輩が目立つ。それでは人義とはいったい何か?成人と成人未満による違いは?まず、第一に不本意にでも警察等公権力行使機関によって拘束されるような行為を引き起こさないこと。そして次回につづく・・・・・・・

投稿: つぶやき太朗左衛門ベッカムJr. | 2015年7月 2日 (木) 14時02分

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