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2006年2月24日 (金)

言論の自由とは権力者を批判する自由のこと

言論の自由とは権力者を批判する自由のこと

中国のウェブ検閲をめぐる米議会の「二枚舌」
http://japan.cnet.com/column/pers/story/0,2000050150,20096814,00.htm

Smith、Lantosの両議員は、抗議行動する権利に真っ向から反する「国旗焼却を違憲行為とする補正箇条(Flag Burning Amendment)」に賛同している。また、コンピュータで作成された未成年者のヌード画像を犯罪とする法律、およびブロガーの間で物議を醸している「McCain-Feingold法」の選挙関連演説を制限する条項、さらには、連邦判事が合衆国憲法補正第一条の言論の自由に反するという判断を下しているにもかかわらず、「Patriot Act(愛国者法)」にも賛成票を投じている。Smith議員は、18才以下の者に対して暴力的な内容のビデオゲームの販売を禁止する提案書にも賛成している。

両議員がこれまで一連の投票を通じて示してきた態度と、中国のウェブ検閲を批判する今回の声明を照らし合わせてみると、彼らは、中国人の言論の自由を侵す行為は大いに批判するが、米国人の言論の自由は侵されてもかまわないと考えているという居心地の悪い結論に到達する。

この記事を書いた CNET News.com 記者の Declan McCullagh さんと私は、言論の自由についての理解が違うようだ。

私は、言論の自由の中で最も大切なものは「権力者を批判する自由」と思っている。「国旗を灼くこと」や「コンピュータで作成された未成年者のヌード画像」も立派な表現であり保護されても良いとは思うが、「権力者を批判すること」に比べれば本質的な「言論の自由」ではない。

たとえば「国旗を焼却すること」が禁止されたとしても、「『国旗を焼却すること』を禁止する政府はおかしい」と批判する自由があれば、禁止することの是非を議論することができる。

中国政府は批判することそのものを禁止しているのだ。この差を判っているのだろうか?

  *   *   *

CNET には、この記事以外に「中国のウェブ検閲をめぐる米国政府の対応は誤り」という記事もあったが、こちらは「金儲けになるなら言論の自由なんてどうでもいいじゃん」というメッセージしか感じなかったので、引用したりしない。

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