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2006年3月22日 (水)

教え子を再び戦場に送るな

教え子を再び戦場に送るな

日本教職員組合ホームページ
http://www.jtu-net.or.jp/

教え子を再び戦場に送るな

日教組は教育基本法の改正に反対らしい(河北新報社:愛国心「容認できない」 日教組が法改正に反対決議)。

それで、日教組のホームページを見た、がっくり来た。

「教え子を再び戦場に送るな」と言う言葉がホームページの一番目立つところで目を引くように動いている。あのさ「教え子を再び戦場に送るな」と言う言葉は、

  • 私は戦場に行かない(行くのは自分じゃなくて「教え子」)。
  • 私がいる場所は戦場にならない(戦場に「送るな」)。
  • 私に関係の無い人(教え子じゃない人)が戦場に行っても気にしない。

と思わなければ言えない(意味を持たない)言葉だよね。

日教組の「ジコチューぶり」を見せ付けられちゃった。サヨクってジコチューで(悪い意味での)理想主義的なところがあると思っていたけど、さすが日教組です。

批判する気力もなくなっちゃった。

なんで、こんな非現実的なジコチューな主張を続けられるのかしら。そっちの方が興味あるな....

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コメント

あなたの不勉強ぶりにも呆れますね。
沖縄戦や硫黄島の戦闘まで、大日本帝国はアメリカ同様に領土で戦闘をした事は一度もなかったんですが。
全て外国の国土を侵してたんですよ。
そして日本兵は外国に送られました。
だから“戦場に送るな”なんですが。そこんとこ理解してます?

投稿: AS | 2008年10月10日 (金) 18時48分

ASさん、こんにちは。

> あなたの不勉強ぶりにも呆れますね。

私が不勉強である(勉強したいと思ったことの十分の一も出来ていないし)ことは承知しております。

ですが、ASさんのコメントは反論としては弱いように思います。何故なら私の記事は未来について書かれたものであるのに、ASさんは過去のことしか書いていないからです。

日本が行った戦争はASさんのおっしゃるとうり大部分が海外で行われたものでした。しかし、将来も日本の戦争は必ず海外で行われるのでしょうか。日本が戦場になることは有り得ないのでしょうか。教師のみなさんが徴用されることは将来も有り得ないことなのでしょうか。

日教組が過去の戦争を問題にすること拘り続けることに文句は言いませんが、将来の日本の戦争についても考えてもらいたいものだと思います。

投稿: 乱読雑記 | 2008年10月10日 (金) 21時48分

ASさん、

横から質問しますが、戦後の日本では北朝鮮から「拉致」という戦争行為をずっとしかけられていましたが、そのことについてはどう思われますか?

投稿: Inetgate | 2008年10月10日 (金) 22時56分

こんにちは
教え子を=子供達を
戦場に送る=戦場にだす
子どもたちは皆教育される=無関係な子供はいない
えっと『教え子を戦場に送るな』という言葉についてですが
これを発表しているのは日教組全体ですよね
教育者一人一人をみれば教え子は限りある人数ですが
学校に行かない子どもというのは(不登校という意味じゃなく)いませんよね?
義務教育で必ず小中学校に入学しますから
つまり教育者の立場から言えば教え子=すべての子供たち
となりませんか?
次に戦場に送る=私がいる場所は戦場にならない
についてですけど
軍はどこから来ますか?
たとえ自分がいる場所が戦場になっても軍隊は送られてきますよね?
軍隊は派遣されるものですよね?
戦場に送る=戦場に出る
そういうことだとは思いませんか?
文章というのは変に解釈をしようと思えばどんなに素晴らしい文章でも批判できます
言葉遊びをしても何にもならないんです
まっすぐ文章作成者の意図を読み取る想像力をつけて下さい
自分の意見が100%正しい訳ではないですので後の判断はお任せします
読み取り方の違いは個性です

投稿: nnn | 2009年1月23日 (金) 13時12分

 私は「日教組の行ってきた戦後教育は間違っている」と考えるものです。
 「教え子を戦場に送るな」というキャッチフレーズが問題なのではなく、この言葉に象徴される彼ら日教組のやり方がけしからんということなのです。
 この欄でやり取りされているのは、言葉尻を捕らえた枝葉末節の論議のようにしか見えません。
 問題は、日教組が「教え子を戦場に送るな」を合言葉に「日の丸・君が代」に反対し、国家としての団結力を崩壊させ、彼らが以前信じていたソ連や共産中国のような国づくりを目指したことに本質があると思います。
 ソ連崩壊後、そのような目標を失った彼らは、「人権擁護」と称して思想・信条の自由を守れといっては日の丸・君が代に相変わらず反対の意を表しているのです。
 しかし、思い起こしてください。戦後60年間にわたり日教組が否定し続けてきた日の丸を、サッカーWカップ日韓共催のときには、若者たちが誰に強制されることもなく振って、日本チームを応援したのです。
 私は、あの光景を見たときに「日本は大丈夫だ」と意を強くしました。
 また春と夏に行われる高校野球甲子園大会では地元高校を応援する全国のファンがいます。郷土愛のあらわれです。
 人間が自分の生まれ育った所を愛するのは自然の感情であり、そこから愛国心やそのシンボルである国旗・国歌に敬意を払うという気持ちは、自然に備わるのだということなのです。
 そういう自然の流れに逆らって、無理やり一定の方向へこの国を向けようとする彼らのやり方に異を唱えることが重要なのだと思います。

投稿: ノワール黒田 | 2009年1月24日 (土) 09時45分

>人間が自分の生まれ育った所を愛するのは自然の感情であり、そこから愛国心やそのシンボルである国旗・国歌に敬意を払うという気持ちは、自然に備わるのだということなのです。

ノリピーの子どもは、
事件を言い訳で糊塗した時、
敬意をはらえるのか?

投稿: いちろう | 2009年9月14日 (月) 17時40分

教員の免許更新制度は間違っている。廃止にすべき制度。
なんとか法案を通過させるため、とってつけたように、教員の首を切るためではないと強調していた。
その後、この免許更新で失格になったのはわずか何名と報道発表。
駄目教師を排斥するのが正義かの様に民衆を煽った。
昨日、テレビ番組で、中国、上海の学校を尾木ママが伝えていたが、先生の数が日本より断然多い。
大東亜戦争末期の日本がとった形とダブルのです。
たとえば、パイロットの命を捨てさす特攻作戦。
なぜ、パイロットを育成することよりも、殺す道を選ぶのか。
教員免許更新制度ではなく、研修制度をもっと充実させるべきだとおもうね。

投稿: | 2012年1月21日 (土) 10時07分

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 いまだ戦火が絶えない21世紀の地球。しかし表面的には平和な日本。正直に言って [続きを読む]

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