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2006年12月18日 (月)

名誉ある死を(あるいは満足できる死に方)を与えよ

名誉ある死を(あるいは満足できる死に方を)与えよ

産経新聞:【正論】拓殖大学学長・渡辺利夫 「死はお迎え」の死生観を思う
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/seiron/061214/srn061214000.htm

私も60代の後半になった。還暦を迎えるころに、それまで繁く受けていた人間ドックやら血液検査などを一切断つことにした。.....(略).....加齢とともに肉体は確実に老いていく。検査をつづければ精密検査や生検に送られる頻度が高まっていくのは避けられない。その度ごとに不安におののかされていたのではなんのための人生かとの思いに駆られ、以降、検査とは縁を切り、痛い苦しい時以外は病院には近づくまいと臍(ほぞ)を固めた。

私は40代なかばの中年である。私も10年後ぐらいに健康診断を拒否したいと思っている。10年後に考え直すかもしれないが。

私は子供達に負担をかけたくない。人の一生にかかる医療費ではターミナルケアにかかるものが最大であるそうである。人生はいつか終る。その最後を一日延ばすためにいいくらかかるのだろうか。

私の人生もいつか終る。その最後のほんの僅か延ばすために、子供達に与えられるべき医療費を使いたくはない。

けれども、みじめに死ぬのは御免だという気持もある。

「冷たい方程式」、日本の(日本以外の国であっても)使うことの出来る医療費には限りがある。

ならば、人生の最後に「名誉ある死」を望んでも悪くは無いだろう。

     *      *      *

私は、60才になったら、検診を拒否し好きな物(体に悪いもの?)を食べて酒をすきなだけ飲み、煙草を飲み、不摂生をして過ごしたい。その代わり「延命医療」を望まない。

私は臆病者なので苦痛に対する恐怖は大きい。だから、苦痛を取り除いて欲しい。けれども不自然な「長生き」の為にコストをかけることはない。

     *      *      *

生活習慣病とかメタボリック・シンドロームといった用語法の中に、日本人が追い求めて作り出された現在の医療界の危うい観念が透けてみえる。

人生は「お勤め」「死はお迎え」という日本人の伝統的死生観からわれわれははるけくも遠くにまできてしまったのである。

個人としての人間は永遠には生きない。ならば、私達は死ぬことを前堤に生きるべきだと思う。私のような庶民が「どのような死に方を迎えるべきか」と考える時代とは「豊か」であるのだろう。しかし、どんなに豊かであっても全ての人間に「その時代の最高の医療」や「延命措置」を施すことなどできはしない。

私は、私の人生の最後が私の子供達の負担にならないことを望んでいる。


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コメント

命より大切な物がある。崇高な行為、公のために命がけでの行いでしょうか。
 消防署員、海上保安庁職員、自衛官、警察官その他、その時のために日夜訓練に訓練を続けておられる方々の存在があって、今の自分が生かされています。
 私には、その勇気も体力も知力も経済力もありません。ただ公的な健康に関する基本検診だけは必ず受診します。PPK(ピンピンコロリ)を目標にしていますから。
 無事定年退職を迎えることができたことが最上の喜びでしたので、以後癌検診は受けたことはありません。どのような病気になるか分かりませんが、痛みの除去のみをお願いし余計な生命維持の処置だけは御免被りたいと念じております。未だに尊厳死協会に加入はしていませんが目下考慮中です。
 

投稿: Kankyo Fuzen | 2006年12月18日 (月) 09時52分

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