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2008年5月31日 (土)

クラスター爆弾廃棄と外交と国益

クラスター爆弾廃棄と外交と国益

日経新聞:クラスター爆弾禁止採択 国際会議全会一致、米中ロは参加せず
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20080531AT2M3002H30052008.html

ただ、条約交渉には、米国、中国、ロシアといった主要な製造・保有国は出席しておらず、条約に調印する見通しはない。NGO「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」によれば、世界で現在、クラスター爆弾を保有するのは米中露を含む75か国で、うち29か国が製造もしている。同条約には、この75か国のうちの3分の2程度が加盟する見通しだ。

米国・中国・ロシアはこの会議に参加していませんし、当面参加することもないでしょう。

ところで、日本の隣国で大きな軍事力を持ってる国は、どの国でしょう?

米国・中国・ロシアですね。その3ヵ国が参加していないのです。

日本がクラスター爆弾を使用するとしたら、日本が侵攻をうけ上陸した敵に対して使用する場合です。日本に侵攻・上陸する「能力」のあるのはロシアでしょう。近い将来に中国も「能力」を獲得するかもしれません。

ロシアも中国もこの会議に参加せず、したがってクラスター爆弾を保有し続けます。我が自衛隊はクラスター爆弾を(最新型を除き)廃棄します。

上陸してくる敵はあらゆるクラスター爆弾を使用でき、我が自衛隊は制限される。

我が国の安全保障において不利になったことは間違いないでしょう。

      *      *      *

産経新聞:クラスター爆弾禁止条約案を採択 日本も同意
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080530/plc0805302106021-n1.htm

日本政府が一転して条約案に同意したのは、福田康夫首相の決断があった。オスロ・プロセスに参加した以上、日本として、人道上の観点から国際的に孤立するのは望ましくないとの判断が背景にあった。

福田首相は外交が得意だそうですが、その外交で大きな失点をしてしまいました。マスコミでは評価する向きもあるようですが、私は、失点だと思います。

外交とは「いい顔」をする為に行うものではなくて「自国の国益」を追求するものなのですからね。

      *      *      *

麻生さんだったら、もう少し上手にケンカしてくれただろうか。

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2008年5月30日 (金)

住民投票を外国人参政権の裏口にするな

住民投票を外国人参政権の裏口にするな

神奈川新聞:住民投票条例
http://www.kanaloco.jp/editorial/entry/entryxiiimay080526/

川崎市では住民投票条例を制定しようとしています。それも外国人参政権へ継りかねない方法で。

その投票ルールも、未成年者や外国人も投票できるとしている。対象は間を置かずに三カ月以上市内に住む満十八歳以上の者で、外国人の場合は永住者や特別永住者のほかに、在留資格があり、かつ三年以上住み続けている、いわゆる「定住外国人」も投票できることになっている。

何故、未成年や定住外国人を参加させるのでしょうか。

私は、参政権を持っていない人間を住民投票に参加させることに反対です。

川崎市の住民投票条例案では住民投票の結果を「議会と市長は尊重する」ことになっていて、法的拘束力はないようです。ですが、「尊重」しなければならないのです。

議会や市長は外国人の混じった投票の結果を「尊重」する。

これは、外国人に参政権を与えていることにならないでしょうか。

      *      *      *

日本人は勝ち負けをつけない曖昧な決着を好む場合があります。曖昧決着は和を保つためには必要な技でもあります。

きっと川崎市には、外国人参政権を要求する在日外国人の方が多いのでしょう。そういった方々の要望に答え、かつ(明確な参政権を与えなず)現行法と矛盾しない方法として、住民投票に参加させるということを思いついたのでしょう。

しかし、この住民投票条例案は外国人参政権に継るもので、曖昧なままにしておくと禍根を残すのではないでしょうか。

      *      *      *

外国人参政権の裏口となる川崎市の住民投票条例案に私は反対です。

参考URL
  川崎市:住民投票条例制度(素案) PDF

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2008年5月29日 (木)

人権擁護法案は何のため?

人権擁護法案は何のため?

朝日新聞:メディア規制条項を削除 人権擁護法、自民が素案
http://www.asahi.com/national/update/0528/TKY200805280345.html

自民党は28日、人権侵害を受けた被害者の救済制度を定める人権擁護法案について、新たな素案を取りまとめた。人権侵害の範囲について具体的に列挙したほか、メディア規制条項を削除したのが特徴だ。29日に開かれる同党の人権問題等調査会(太田誠一会長)で公表される。

人権擁護法推進派の方々はまだ諦めていないようです。メディア条項を外し、マスコミの反発を躱そうとしているようです。

この記事で、おやっと思ったのは以下の部分です。

また、制度の乱用を防止する観点から「申し立て自体を不当として対抗措置をとれる制度を創設」と定め、「申し立てられる側に不利益となる措置は、その対象を不法行為に限定する」と明記し、申し立てられる側に配慮した。

「申し立てられる側に不利益となる措置」とはペナルティのことでしょう。で、ペナルティが与えられる対象の行為を「不法行為に限定」としています。

では、不法行為か否かを誰が判断するのでしょうか?

人権擁護委員会が判断するのであれば、危険性は全く減じていません。

もし、裁判で決めるのであれば、人権擁護法のウリである機動性を大きく減じてしまうし、人権擁護委員会に訴えなくても、裁判所に訴えれば済むことになります。

人権擁護委員会に訴えても「対処は裁判で有罪になってから」になるのであれば、「人権擁護委員会って、『裁判しろ』と言うための機関か?」と言うことになる。

もしかして、こちらの方が(何もしないでお給料もらえるようになるから)人権擁護委員会委員候補の人にとっては、望ましいのでしょうか?


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のほほんと暮らしたい

のほほんと暮らしたい

産経新聞:【めざましカフェ】漫画家・さかもと未明 給料は勝ち取るものよ!
http://sankei.jp.msn.com/life/lifestyle/080528/sty0805280217002-n1.htm

私たちの業界では、雇用は自力で生み出すものなのです。特殊な業界といえばそれまでですが、私はそれが仕事と対価の本質だと思うのです。働く側はお給料をもらうのでなく、獲得する気持ちでなければ駄目だし、使う側も若者の責任を負うべきは当然でしょう。

雇用崩壊を、搾取する側とされる側、などという構図でとらえ、働く側を弱者と位置づけるのは、貧しい発想だと思います。価値ある人材になれば、当然雇用は生まれるし、企業に貢献すれば、それが安定雇用を生むはずです。

歯切れの悪い記事になります。ゴメンナサイ。

      *      *      *

漫画は「特殊な業界」でしょうね。でも、同じような人は色んな業界にいます。例えばノーベル賞を受賞した田中さんも同じようなタイプではないかと思います。ようするに「自分のやりたいこと」があって、それに全力で突き進むタイプ。その結果、出世出来なかったり(社会的な立場が不安定だったり)しても気にしない。

昔、職場の先輩に同じようなタイプの人がいた。腕には自信がある、会社のルールには必要最低限度で従う。「好きなことが出来るからこの会社にいる」と言ってはばならない。そして、彼は「自分のやりたいようにやって、その結果『(仕事が認められず)天を仰いで飢え死にする』ことになっても仕方がない」と言っていた。

そんな「自分のやりたいこと」がなんにせよ(芸術・技術・金儲け、などなど)ある人には、さかもとさんの意見は「もっともだ」と聞こえるだろう。

私にも賛成する気持ちがない訳では無い。実際、技術系の専門職をやっている人間には「腕で勝負」という感覚があるから「技術で負けたら飢え死にしても仕方ないな」とどこかで思っている。

      *      *      *

一方、「そこそこの給料でよいから、そこそこの仕事」って人達がいることも事実なんだよね。その人達の気持ちも判わかるし、自分もそんな気分になることもある。

そして、小泉改革(規制緩和)で、いちばんマイナスの影響を受けたのが「そこそこの給料とそこそこの仕事」を望んでいた人達じゃないだろうか。

国際社会の競争の中で生き残る為に規制緩和が必要というロジックは理解できる。「同一労働、同一賃金」という言葉がある。グローバル化する世界でこの言葉は、先進国の特別な技術や技能を持たない労働者に残酷に作用する。

      *      *      *

自分自身に「戦え」と叱咤激励しつつ、同時に「庶民に のほほんとした暮らしをもたらす」のが良い政治なんじゃないかと思ってしまうのだ。

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2008年5月28日 (水)

バカな上司は迷惑です

バカな上司は迷惑です

産経新聞:【断 潮匡人】スクープと称した勘違い http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080527/acd0805270243000-n1.htm

5月18日放送の「ザ・スクープSP」(テレビ朝日系列)で鳥越俊太郎キャスターが嘉手納基地の米F15戦闘機を解説した。

「ミサイルを8発積んでるんですけど全部、空対空なんです(中略)空中戦しかないんです。ということは日本でいま考えて空中戦をするような現実にあるかというと、中国も来ないでしょうし、北朝鮮だって、そんな立派なもの持ってないし、F15って結局何のためにあるかって言うと、アフガニスタンだとかイラクとか、そして将来のイランのためにあるんだ。そう考えると(中略)米軍って日本の安全のためにあるのかしらという疑問が頭の中をかすめる」

昨年度の中国機に対する空自の緊急発進は43回、中国はロシアに次ぐ第2位の対象国だ。平成17年度は107回で約半数を占めた。「中国も来ないでしょう」と言うが、現に中国は来ている。

冒頭の8発は最大搭載数で、通常は4発しか積まない。しかも米空軍のF15E(ストライク・イーグル)は爆装可能で対地攻撃作戦の主力。「空中戦しかない」わけではない。

鳥越氏のマスコミ人としての活動はよく存じ上げないが、名前の通った方だと思っているが、この記事はマスコミ人としての能力を疑わせる内容だ。

      *      *      *

在日米軍のF15の能力についても、中国機に対する緊急発進も、特別な軍事機密ではない。一般に公開されている内容だ。さらに言えば、日本を本格的に攻撃し上陸しようとするなら、必ず海を渡らなければならない。制空権の海上輸送は大打撃を受けるだろう。即ち、日本に大規模な上陸侵攻を行うなら、制空権を日本から(自衛隊と在日米軍から)奪わなければならない。必然的に空中戦は起きるのだ。

仮りに鳥越氏の言うとおりに、在日米軍のF15が空中戦専用であったとしても日本の防衛に役立つのだ(勿論、在日米軍が日本を守るのは「守った方がアメリカの国益にかなう時」だけ)。

結局、鳥越氏の知識も推論も間違っている。

      *      *      *

「事実を正しく認識出来ない・推論も間違っている」こんな人の言うことを信じて行動すると「B29に竹槍」や「機関銃に小銃でバンザイ突撃」のような事をすることになる。

      *      *      *

私の鳥越氏への印象は、サヨクのマスコミ人から「バカな上司のような人」に変わりました。

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2008年5月27日 (火)

アイヌは賢くあれ

アイヌは賢くあれ

北海道新聞 社説:先住民族決議 次は政府が応える番だ
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/94670.html

一九九七年にアイヌ文化振興法が成立した際に、国会は付帯決議で、「アイヌの人々の『先住性』は歴史的事実」と確認した。今回のは一歩踏み込んだ内容となる。

度重なる国会決議が出るのは、政府が、アイヌ民族を先住民族と位置づけることを頑として拒んでいるからだ。

国連は昨年の総会で「先住民族の権利に関する宣言」を採択した。日本政府はここでも、先住民族の集団的権利や財産権を事実上認めないという条件付きで採択に賛成した。

先住民族と認定すれば、政治的自決権、土地・資源の返還や、それに代わる補償措置など多くの問題と向き合わねばならないからだろう。

微妙に他人事のような社説です。

「土地・資源の返還や、それに代わる補償措置など多くの問題」が起きたなら、北海道新聞の読者が大きな影響を受けると思うんですけど。

      *      *      *

アイヌの方々(特にウタリ協会)の方々が何を求めて先住民族と認定して欲しいのかはともかくとして、アイヌの方々に聞きたいことがあります。

それは「アイヌ系日本人」として生きる事を望んでいるのか、それとも、「アイヌ人」として生きることを望んでいるのかと言うことです。

      *      *      *

もし、アイヌ系日本人として生きることを望んでいるのなら、「天皇陛下の民」であることを明確にしてもらいたいのです。

具体的には「天皇陛下を敬うという態度をとること(政府の協力も必要ですが、天皇陛下に何らかの形で拝謁できると良いのですが)」、「国旗(日の丸)・国家(君が代)を尊重すること」です。

これらは、「日本を統合するシンボル」です。特に天皇陛下は日本国憲法にも統合の象徴と定められています。

日本国憲法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html

第一条  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

逆に言うならば(日本は多神教の国&民主国家なので)、日本国民であることを否定しない限り、信教や習慣の自由が許される(許されるべきだ)し、国民同士は平等である(平等であるべきだ)と言うことです。

少なくとも保守派に対しては「私達は天皇陛下の民」というこ言葉はパワーを持つでしょう。

      *      *      *

戦前の話としてこんなことを聞いたことがあります、参考までに。

軍隊と警察が対立した時、警察の人は「お前らが天皇陛下の軍隊なら、俺らは天皇陛下の警察じゃ!」と言ったそうです。

      *      *      *

もし、アイヌの方々が「アイヌ系日本人」じゃなくて「アイヌ人」として生きたいのであれば、天皇陛下を敬う必要も日の丸や君が代に敬意をはらう必要もないでしょう。

しかし、その場合、多くの日本人からは(少なくとも私にとっては)、敵認定はされないまでも、「他人だと思われる」ことになるでしょう。

少なくとも、風俗習慣が異なり陛下の民でもなく国旗や国歌に敬意を払わない人間は私の仲間ではないし、そんな人の権利を尊重する謂われはない。

自分の権利は自分の実力で守ってくださいね、生きようと死のうとどうぞご勝手にしてくださいね、という態度を私はとるでしょう。

      *      *      *

アイヌの人々がアイヌ系日本人として生きるにしてもアイヌ人として生きるにしても、賢くあってほしいと思います。

アイヌvs和人の戦いでは、和人が勝ちつづけました。それは和人が正しいからではなく「アイヌと和人が、駆け引きの能力(狡賢さ)で争ったら、和人が勝った」と言うことに過ぎません。

その和人を主体とした政府は国際社会の中で「狡賢い」と言えるでしょうか?とてもそんな事は言えませんよね。

残念な事ですが「アイヌに狡賢さで勝った和人」は「世界の中では狡賢くない方」のです。その事を憶えておいてください。

私が、日本の分裂を望む外国人ならば、「アイヌを利用して日本の分断を謀ろう」と思うでしょう。日本も日露戦争の時にはロシアの分断(革命)を謀りましたしね。

どこかの政党や(和人より狡賢い)外国に利用されて使い捨てられたりするかも知れません。

アイヌのみなさん、賢くあってください。

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2008年5月26日 (月)

アイヌを先住民族と認めるべきか〜「カッコ良くて正しい政治」より「幸せになる政治」を

アイヌを先住民族と認めるべきか〜「カッコ良くて正しい政治」より「幸せになる政治」を

毎日新聞:アイヌ民族:「先住民族」国会決議案まとまる 政府、将来の補償懸念 /北海道
http://mainichi.jp/hokkaido/shakai/news/20080524ddlk01010163000c.html

アイヌを先住民族と認めるよう求める国会決議案が23日、超党派の道内選出国会議員らでつくる議員連盟「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」でまとめられた。ただ、政府は、先住民族の認定が将来的に土地の補償要求などにつながることを懸念。自民党内には国会決議そのものに慎重論も残っており、北海道ウタリ協会(加藤忠理事長)の悲願である先住民族としての認定には、まだまだ高いハードルが残っている。

意外なのは「道内選出国会議員らでつくる議員連盟」が先住民族と認めるように求めていること。

この問題はヘタにあつかうと「アイヌからの土地返還要求」に継り兼ねないと思うのだけれど、そうなった場合、道内選出国会議員の人達は支持者の業界団体や市民の人達に「引っ越してください」とお願いするつもりなんだろうか?

政治家は「票」を意識するものだが、アイヌ以外の票よりアイヌの票の方が多いのだろうか?

それとも、選挙には不利でも「正しいこと」をしようとしているのだろうか。

      *      *      *

代表世話人の今津寛・自民党道連会長も「加藤理事長は『土地の問題などはいっさい要望しない』と町村信孝官房長官にはっきり伝えている」と述べ、先住民族の認定と具体的な権利要求を切り離しているという考えだ。

加藤理事長やウタリ協会の現在の会員の方の言葉を疑わないけれども、将来、世代が交替した時や事情が変わった時にどうなるか判らないと不安に感じる。

アイヌを先住民族と認めるのは「権利関係の整理と同時」に行わなければならない。謝罪や認定が先行するとヤヤコシイことになってしまう。

      *      *      *

この「先住民族」国会決議案に賛成する道内選出議員の方々が、「カッコ良よくて正しいこと」ではなく、北海道民(アイヌも和人も含め)と日本国全体の幸福に継ることを現実的&政治的に判断されることを期待します。

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2008年5月25日 (日)

米軍の遺骨収集と靖國神社

米軍の遺骨収集と靖國神社

朝鮮日報 社説:58年前漢江に墜落した兵士を探す米軍
http://www.chosunonline.com/article/20080522000030

米軍の「戦争捕虜および行方不明者担当司令部(JPAC)」が20日、ソウル堂山鉄橋付近の漢江の川底を詳しく調べた。1950年9月22日、漢江の中洲付近に墜落したF‐7E戦闘機のパイロットとその同乗者の遺骨を捜し出すためだった。58年前に戦死した米軍兵士であれば、両親はもちろん、当人のことを知る人たちのほとんどは生存していないはずだ。また、58年の間に漢江は何度も洪水に見舞われ、1980年代には川底の砂を採取する作業が何度も行われた。戦闘機が墜落した位置が正確に分かっていたとしても、パイロットの遺骨は海に流されたか、あるいは深い地中にある可能性が高い。米軍はそれを百も承知で、人類学者や爆発物処理専門家まで動員して遺骨を捜索している。



JPACによる活動は、「祖国はあなたを忘れることはない」ということを実践するものだ。国のために命をささげた兵士の犠牲は、どんなことがあっても忘れられてはならないということだ。クリントン前大統領は2000年にベトナムを訪問した際、米空軍機が墜落したハノイ周辺の村を、失踪(しっそう)したパイロットの息子二人とともに訪れ、自らも直接遺骨の捜索作業に加わった。

「祖国はあなたを忘れることはない」

私が、靖国参拝に感じるものも「あなたを忘れることはない」という思いなんだよね、祭られている方々への評価とは無関係に。

靖國神社に祭られている方々に対する評価は色々とあるだろう(多くの戦死者の方々の中には色んな人間が(良いヤツも悪いヤツも、有能な兵も無能な将も)いたはずだ)が、公務に殉じた人々を忘れて良い訳がない。

       *      *      *

たとえ国から命じられたとしても、命を懸けて戦場に向かうことや、あるいは息子を戦場に送るというのは簡単なことではない。国が国のために命をささげた兵士を記憶もせず、また心から哀悼の意をささげることもないのに、息子や夫や兄や弟を戦場に送り、祖国のために命と忠誠をささげよと言うことはできないだろう。

う〜ん、事実かもしれないけど。

これは「副次効果」だよね、あるいは、これを理由にして「忘れてはならない」と言ってはいけないような気がする。

      *      *      *

共同体(ムラでもクニでも国家でも、あるいは人類全体でも)の存続や繁栄の為に危険な仕事を行わねばならない場合はある。そして、犠牲になる構成員が出てしまう場合もある。そのような時、「共同体の為に(自ら進んでにせよ嫌々にせよ)危険な仕事を行ったが為に命を落とした者」を、残った者達が忘れて良いはずが無い。

私にとっては、「宗教的(先祖崇拝?に似ているかも)あるいは道徳的なことで、何かの利益があるから『忘れないようにします』と言うことではない」、のだけれど。

「忘れないこと」が集団の結束や士気の向上に役立つのは事実だと思うけれども、それを理由にして「忘れてはならない」と言うのは不純な感じがする。

      *      *      *

誰かに助けられた時、「ありがとう」と感謝の言葉を言う。これは感謝の気持ちを伝えたいからで、感謝の言葉を言わないと「次の時、助けてくれないから」じゃないと思うんだ(少なくとも下心は見せないものだよ)。

      *      *      *

もちろん、朝鮮日報が「戦争に行く若者がいなくなるから、忘れてはならないのだ」と社説に書いたとは思いませんけど。

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2008年5月24日 (土)

民主国家には差別と思想統制が必要(3)

民主国家には差別と思想統制が必要(3)

毎日新聞:そこにある憲法:/11 君が代斉唱率100% /京都  http://mainichi.jp/area/kyoto/news/20080512ddlk26040330000c.html

女性教諭は、歌詞に抵抗感があるため斉唱時は起立してこなかった。しかし、今や起立しない教諭は皆無。数年前から、周囲に迷惑をかけたくないという気持ちもあり、仕方なく立つことにしている。

「でも、起立している間は屈辱感でいっぱい」と女性教諭。

公立学校での卒業式や入学式などの式で日の丸の掲揚や君が代の斉唱をすることついて、このような方の記事は時々見かける。

民主国家にこういった式典や日の丸の掲揚や君が代の斉唱は似合わないという人々もいる。しかし、国旗や国歌は人間集団にを統合するのに有効なツールであることは認めるだろう。そして民主国家が国民の意志に基づいて運営されているなら「国民が統合されていない状態」になれば、分裂を招いてしまう(そして、分裂に伴って内戦が起こるかもしれない)ことも。

そういった悲劇を避けるために「国民が十分に統合されるまで」は、公立学校(やその他の場所)で、国旗掲揚や国家斉唱を行うなどの「国民を統合する行為」を行うべきだ。逆に言うならば、「でも、起立している間は屈辱感でいっぱい」と言う女性教諭がいる間は、国旗掲揚や国家斉唱を行うべきだ。

      *      *      *

私は「民主国家にこそ思想統制が必要」だと思う。何故なら「独裁国家であれば、国民の意識とは無関係に武力で国家の統一を維持できる」から。

      *      *      *

ところで、何故、私達は「民主的に決めたこと」に従うのだろうか。何故、国会で決めたことは(私達にとって)権威を持つのだろうか。

乱暴な言い方をすれば「みんなで決めたこと」だから。ここで「みんな」とは「自分の仲間」のこと。逆に言えば「仲間でない人達の決めたこと」には従わなくても良いとか従いたくないと感じる。

やっぱり、民主国家では「国民同士は仲間」であると意識するように国民を仕向けねばならない、よね。

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生煮えでまとまらない記事でゴメンナサイ。民主主義と、差別と平等、思想の自由とアイデンティティの強制。大切で面白いテーマであるのだけれど私の手には余ったようです。次に書くときにはもう少しキレイに書けるようになっていると良いのですが...

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2008年5月23日 (金)

民主国家には差別と思想統制が必要(2)

民主国家には差別と思想統制が必要(2)

しつこいようだが前回の記事では書き足りないような気がするので。

民主国家には「平等」と「思想の自由」があるようにイメージされている。しかし、実際には「平等の裏には差別」が「思想の自由の裏には思想統制」があることを書いた。

      *      *      *

前回の記事で「対立する民族aと民族bが暮らす国家A」が民主国家になるためには、「民族aの価値・民族bの価値」を越えた「国家Aの国民を統合する価値」が必要であると書いた。

民主国家の統一を守るためには「多様な価値観・言論の自由」を認める必要がある。でなければ民族aに民族bの価値観を許容せよと言えないからだ(逆もまたしかり)。

しかし、いくら「言論の自由」を認めると言っても「国家Aの国民を統合する価値」を傷つけるようなことは許されない。

何故なら「国家Aの国民を統合する価値」が傷つけば(そして代わりとなる価値観が出てこなければ)、国家Aは(対立する民族aと民族bによって)分裂の危機に瀕してしまうからだ。

仮りに「民族aの神話と民族bの神話に共通する登場人物X」を国家Aの創始者に祭りあげて国民統合の象徴としたら、Xをネガティブに言うことは(国家Aの内部では)出来なくなる。言論が制限されると言っても良いだろう。

「Xをネガティブに言う国民」は国家Aにとって正しく「非国民」と言える。何故ならその言論の延長線上には国家Aの分裂と崩壊があるのだから。

      *      *      *

日本の場合、「国民を統合する価値」はなんだろうか。

私は、万世一系の天皇家や古事記に代表される神話世界であろうと思う。君が代や日の丸はこれらを象徴しているシンボルであるかのように感じる。だから(それらを象徴する)日の丸や君が代を否定することは、日本を統合している価値観を否定することのように感じる人がいても不思議ではない。

そして日本を統合する価値を否定することの延長線上には、日本の分裂と崩壊がある。

      *      *      *

日の丸や君が代を否定する人を「非国民」であるかのように言う人がいるのは、こういったことが理由ではないか。

日の丸や君が代を否定しつつ「非国民」と非難されたくないなら、日の丸や君が代に代わることが出来ると(国民の多くを)説得できる「日本国民を統合する象徴(と価値観)」を提示しなければならない。

      *      *      *

もうちょっと続きます(たぶん)。

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2008年5月22日 (木)

民主国家には差別と思想統制が必要

民主国家には差別と思想統制が必要

毎日新聞:そこにある憲法:/11 君が代斉唱率100% /京都 http://mainichi.jp/area/kyoto/news/20080512ddlk26040330000c.html

女性教諭は、歌詞に抵抗感があるため斉唱時は起立してこなかった。しかし、今や起立しない教諭は皆無。数年前から、周囲に迷惑をかけたくないという気持ちもあり、仕方なく立つことにしている。

「でも、起立している間は屈辱感でいっぱい」と女性教諭。

民主国家には差別と平等と思想統制と思想の自由が必要だ(記事のタイトルから平等と思想の自由を削ったのはキャッチコピーと言うことで)。

民主国家に平等と思想の自由が必要であることに疑問を持つ方は少ないだろう。でも、私は民主国家には「平等と同時に差別が必要」であり「思想の自由と同時に思想統制が必要」なのだと思う。

      *      *      *

まず、民主国家に差別が必要である理由について。

民主国家に「参政権を持った国民(有権者)」が必要であることを疑う人はいないだろう。では、誰が有権者であるかどうやって決まっているのだろうか。

日本の場合は「日本国籍を持った成人」と決まっている。では日本国籍はどんな人間に与えられているのだろうか。「日本人(=日本国籍を持った人間)の子供」と決まっている。

つまり「生まれ」で決まっている訳だ。

「貴族の子供は貴族、平民の子供は平民」であったり「職業が生まれで決まって」いる封建時代と同じく、「生まれで権利が決まっている」のだ。

これを差別と言わずしてなんと言うのだろうか。

アメリカが民主国家であることには多くの方が賛成して下さると思うが、アメリカの場合は「アメリカで生まれた場合」にもアメリカ国籍(=参政権)が与えられるが、この場合も「生まれ(この場合は、生まれた場所)」を問題にしていることには違いない。

他の民主国家の国籍(=参政権)については知らないが「無条件に全ての人間」に参政権を与えていると言う話は聞かない。

どの民主国家でも「国籍(=参政権)」を与える/与えないに「生まれ(血統だったり場所だったり)」を問題にする。

「生まれ」で「権利」が決まる、これは「差別」ではないだろうか。

民主国家は本質的に差別を必要としているのだ。

      *      *      *

次に、民主国家に思想統制が必要である理由について。

思考実験をしてみよう

ある国家Aがあるとする。国家Aには民族aと民族bがあるとする。民族aと民族bは、宗教や習慣(即ち価値観)が大きく違い(内戦を起こしかねないほどに)対立しているとする。

この国家Aで「選挙」を行った場合どうなるだろうか。

選挙に勝った側は、自分達の価値観(宗教と習慣)に従った法律を作るだろうし、政府もそれに従った行政を行おうとするだろう。負けた側が、自分達の価値観を放棄すれば国家Aは維持されるが、暴力に訴えてでも自分達の価値観を守ろうとするなら、国家Aは内戦状態になるかもしれない。

国家Aは、負けた側の価値観を押し潰すか内戦状態になるかの2択を迫られることになる。

では、内戦状態にならず、また、負けた側の価値観を(なるべく)守ることは出来ないのだろうか。

その為には「民族aの価値・民族bの価値」を越えた「国家Aの国民を統合する価値」を造ることだ。

民族aは「民族bの奴らは変な神様を信じてるし変なもの喰うし、嫌な奴らだけれど、自分と同じ国家Aの国民で仲間だ」と思い、民族bは「民族aの奴らは変な神様を信じてるし変なもの喰うし、嫌な奴らだけれど、自分と同じ国家Aの国民で仲間だ」と思う状態を作ることが出来れば、勝った側も負けた側の価値観に配慮するだろうし、負けた側も我慢するだろう。

民主国家は国民(の大多数)が互いに「同じ国民で仲間」であると思わなければ維持できない。

逆に言えば「民主国家を維持する為には、国民同士が『同じ○○国の仲間』と思うことが必要」であり、「同じ○○国の仲間」と思うためには「自分は○○国の国民である」と思うことが必要なのだ。

「自分は何者であるか」即ち「アイデンティティ」である。そして、民主国家は、国民に「自分は○○国の国民であると思うこと」を求める(強制すると言っても良い)。

「アイデンティティの強制」、思想統制の最たるものではないか。

民主国家は思想統制を要求するのだ。

      *      *      *

国旗や国歌、あるいは王様といったシンボル的なものは、国民を統合(国民に自分が○○国の国民であることを思い起こさせ、同じシンボルの下に集う人間を仲間だと思うこと)するために役立つツールであることは多くの人が認めるだろう。

      *      *      *

アメリカは移民の国である。即ち、文化的宗教的に異なった人々が集まって作っている。日々新しい移民が入って来る。

アメリカで「星条旗への誓い」が盛んに行われているのは、アメリカが移民の国(多様な価値観を持った人々の国)であることの結果なのだろう。

      *      *      *

毎日新聞から引用した記事に戻る。

国旗や国家は国民の統合の為のツールだ。そのツールを傷つけることは国民統合を傷つけることに継る。

日本には日の丸や君が代を嫌う日本国民がいる。では日の丸や君が代に換わりうる旗や歌があるだろうか?

そんなものはない(少なくとも私は知らない)。

であれば、国民の統合のシンボルとして日の丸や君が代がもっと浸透するように努力することが、日本国民の統合に、そして、日本が民主国家であることの維持に役立つと私は思う。

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2008/05/22 06:43 訂正

訂正前:「職業が生まれで決まっている」する封建時代

訂正後:「職業が生まれで決まって」いる封建時代


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2008年5月21日 (水)

日本と韓国は「別の国」です、中央日報さん

日本と韓国は「別の国」です、中央日報さん

中央日報 社説:独島は日本の領土”という教科書は大きな挑発 http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=100198&servcode=100&sectcode=110

報道のとおりなら2012年から使われる中学校教科書に、独島は日本の領土だという記述が添えられることになる。独島は日本の領土だと主張することと、これを成長期の青少年たちに教えることは全然違う問題だ。聞き捨てならない大きな挑発だ。

国家間で意見が対立することと、相手国の教科書に干渉することは全然違う問題です。

      *      *      *

私にとって韓国が竹島の領有権を主張することは不快ではありますが、韓国には韓国の歴史観と価値観があるでしょうから、韓国国内での教育に文句を言うつもりはありません。また、韓国が「光復節」として終戦記念日(=日本が大東亜戦争に負けた日)を祝うことも不快ではありますが、韓国人に止めろとか祝うなと言うつもりもありません(ですから、靖国参拝に文句を言わないでください)。

      *      *      *

国が違えば歴史観も価値観も違う。だから対立することはある。しかし、相手国の教育にまで文句を付けていては「支配するか・支配されるか」ということになってしまう。

韓国と日本は別な国なんです。そのことを判ってください。

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以下蛇足

韓国がこんな風に日本にイチャモンをつけて来なければ、日本人の多くは韓国の存在を意識しないのではないかとすら思う(こう思うのは私だけだろうか)。

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2008年5月19日 (月)

北方領土(ロシア)より竹島(韓国)がムカツク理由

北方領土(ロシア)より竹島(韓国)がムカツク理由

産経新聞:「竹島」明記で韓国が抗議
http://sankei.jp.msn.com/life/education/080519/edc0805191746001-n1.htm

韓国の柳明桓(ユ・ミョンファン)外交通商相は19日、日本の文部科学省が新学習指導要領の解説書に竹島(韓国名・独島)について「日本固有の領土」と明記することを検討していることについて、重家俊範・駐韓日本大使を外交通商省に呼び、「事実であれば不当であり即刻是正すべきだ。日本がこのような企てをした場合、未来志向の両国関係への努力に大きな支障となる」と抗議した。

日本は竹島を日本の領土であると主張している。だから日本の教科書に「日本の領土である」と書くのは当然としか言いようがない。

      *      *      *

日本は北方領土をロシアに竹島を韓国に占領されている。領土問題で感情的になっても仕方がないが北方領土より竹島のほうがムカツク。いや経済的・シンボル的な意味で竹島より北方領土が価値が低いという言う意味ではない。

ロシアは「(北方領土は)戦争で奪りましたが、何か?」という態度。対して韓国は「元々俺のものだったと認めろ、日本の領土だなんて考えるな」という態度。

韓国の態度に、心の内側に手を突っ込んで来るような不快感を感じるのだ。

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2008年5月18日 (日)

自衛隊の不発弾処理隊のみなさんに尊敬と感謝を

自衛隊の不発弾処理隊のみなさんに尊敬と感謝を

産経新聞:人が消えた街…不発弾処理で1万6千人が退去
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080518/crm0805181012004-n1.htm

撤去作業に伴い、同市は災害対策基本法に基づいて午前8時、住民に退去命令を出し、半径500メートルを警戒区域に設定。住民の避難が完了したことを確認し、陸上自衛隊東部方面後方支援隊第102不発弾処理隊(東京都練馬区)が爆弾の信管処理を行った。

この調布の不発弾処理について多くのニュースが流れているが不満がある。

避難についてや交通規制のことは伝えられているが、自衛隊の方々の行われた作業が危険なものであったことを伝えてはいないのだ。万一の場合は、「付近の住民約1万6000人に退去命令」を出さねばならない程の大きさの爆発が起きると予想されていたのだ。もし、そんな大規模な爆発が起きた場合、作業にあたられていた自衛隊員が無傷ですむとは思えない。自衛隊員の方々は命懸けで作業にあたられていたのだ。

その事を何故マスコミは伝えないのだろうか。

      *      *     *

作業を行われた自衛隊隊員は感謝と尊敬に値する。自衛隊のみなさん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

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ジャーナリズムと「中華的歴史観」

ジャーナリズムと「中華的歴史観」

東亜日報:「日の丸抹消…白紙広告」
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2008051703478

「ここに日の丸があったら、みなさん気分はどうですか」(学芸研究員)

「よくないです!」(子ども達)

「だから、東亜(トンア)日報の記者のおじさんが、日の丸を消したんだよ」(学芸研究員)

10日、ソウル鍾路区世宗路(チョンノグ・セジョンノ)の東亜メディアセンター内の新聞博物館(プレシウム=PRESSEUM)。初めてソウルを訪れた全羅南道高興郡錦山面居金島(チョンラナムド・コフングン・クムサンミョン・コグムド)の小学生11人が、「孫基禎(ソン・キジョン)選手の日の丸削除事件」を聞き、目を輝かせた。

学芸研究員が、1936年8月25日付の東亜日報で、孫選手のベルリン五輪のマラソン優勝を報じ、胸の日の丸を消した写真を示すと、子ども達は一斉に視線を向けた。

チャン・スンミン君(12、錦山小学校6年)は、「日の丸を消した記者たちが総督府に連れていかれ、ひどい目にあった。勇気のある人だった」と誇らしげだった。

え〜と、「捏造写真」にはならないんでしょうか? この東亜日報の記事では消したことを誇らしげに伝えているんですが。

      *      *      *

東亜日報が孫基禎選手の写真から日の丸を削除して掲載した事は、有名な事件なので多くの方がしっていると思うが、これは新聞記者あるいはジャーナリストとして誇るべきことなのだろうか。

削除した記者は民族意識に燃えていたのだろうし、彼等なりの正義感から行ったのだろう。

「正義感」や「民族意識」や「政治闘争」としては削除するのもアリかもしれない。しかし、事実を記録し報道するという「ジャーナリズム(ジャーナルとは記録の意味)」としては、どうなのだろうか。

元の写真のまま掲載し、同時に社説やコラムで批判的な意見を述べるのならジャーナリズムと理解できるのだが、写真を修正してしまっては「フィクション」になってしまう。

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2008年5月17日 (土)

先住民族の地位向上と固有の文化と西洋文明

先住民族の地位向上と固有の文化と西洋文明

朝日新聞:「アイヌ民族は先住民族」 国会決議へ超党派で文案作り
http://www.asahi.com/politics/update/0515/TKY200805150274.html

アイヌ民族を先住民族として認め、その権利を尊重することをうたった国会決議の採択を目指し、北海道選出の超党派国会議員らによる「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」の世話人会(代表・今津寛自民党衆院議員)が15日、衆院議員会館で会合を開き決議文案づくりを始めた。

アイヌは所謂日本人(和人)とは異なった文化と歴史を背負った人々であることは認めるけれども所謂「先住民族」として権利を認めるのは簡単な話ではないと思う。

「先住民族としての権利」を復活させようとすると「所謂日本人(和人)が現在持っている権利」とぶつかってしまうだろうから。

      *      *      *

ところで、北海道ウタリ協会というアイヌの人々の協会があります。

産経新聞:アイヌ冠して存在感示す
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080516/trd0805161102007-n1.htm

北海道ウタリ協会が「北海道アイヌ協会」への改称を検討しているのは、今後先住民族としての地位や権利を政府に求めるに当たり、協会の名前に民族名を冠することで存在感を示そうとする狙いがある。同協会は、アイヌ民族の地位向上や文化伝承を目的に北海道アイヌ協会として設立された。

その北海道ウタリ協会のサイトから引用します。

北海道ウタリ協会:私たちについて/アイヌの生活実態
http://www.ainu-assn.or.jp/about03.html

●高校・大学進学率(%)
高校進学率は全体の98.3%に対して93.5%、大学進学率も38.5%に対して17.4%と低く、社会的地位を向上する上で大切な教育 面の格差解消が依然急務です。

誤解が無いように書いておくが、私はアイヌの方々が学校に行くことに抵抗感や拒否感などはない。彼等個々人の努力と才能と希望にあった進学をしてもらいたいと願うし、その結果、社会的地位が向上することも大いに歓迎する。

だけど、彼等が通う学校は「アイヌ文化」ではなく「所謂日本人(和人)の文化」によって運営されている。

学校は知識を得る場であると同時に文化を継承する場でもある。

「所謂日本人(和人)」の文化によって運営されている学校に長く通うこと(高学歴を求めるならば長く通うことになる)は、それだけアイヌ文化から遠ざかることになりはしないだろうか。

社会的地位を求めての進学とアイヌ文化の継承は矛盾しないのだろうか?

      *      *      *

文化の継承には3つの要素があると思う。

ひとつめは「規模」。その文化で暮らす人々が多ければ自然と継承される。日本では日本語で授業をおこなう学校が大多数だ。これは日本文化の継承に役立っているが、これを維持できているのは日本文化の下で暮らす人間が十分に多いからだ。

ふたつめは「金」だ。「金」と言って悪ければ「経済力」。その文化を学べば「金になる」ような状態。海外で日本語を学ぶ人達の動機のひとつは「金と仕事」。日本語が判れば日本企業への就職で有利だったりする。日本とのビジネスを希望している人達も日本語や日本文化に興味を持つだろう。

最後は「文化力」。日本の例で言えば「オタク文化」のような(外国人にも)魅力的なものがどれくらいあるかと言うこと。「日本のマンガを原語で読みたい」というマニアックな外人は日本語を学び、会話の綾を理解するために日本文化を学ぼうとする。そういった引きつける力があることは文化の継承に役立つ。

アイヌ文化が継承されるかされないか、それは、この3つの要素を作れるか作れないかで決まる。

      *      *      *

私は(アイヌに限らず)先住民族の権利や文化について語られているのを読むとき「結局のところ、西洋文明の掌で踊っている」ように感じる時が多々ある。

例えば「先住民族の権利」などと言う概念も西洋の人権思想から出てきたものなのだ。

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2008年5月16日 (金)

PR担当の首相?

PR担当の首相?

毎日新聞:中国・四川大地震:中国メディア、首相慰問を連日放映 目立たぬ被災者の声
http://mainichi.jp/select/world/news/20080515dde007030013000c.html

温首相は12~13日、四川省都江堰(とこうえん)や徳陽、綿陽などを訪れ、被災した病院や学校、避難所などを次々に視察。都江堰ではヘルメットをかぶって病院倒壊現場に入り、拡声器を持って、がれきの下敷きになったままの被害者を励ました。

温家宝首相の行動には納得する部分と理解出来ない部分がある。

被災者に対してメッセージを出したことは評価に値する。とにかく、被災者に「全力で救助する・している」と伝えることは大事なことだ。この部分は素直に評価したい。

しかし、引用した部分はどうかと思う。

      *      *      *

温家宝首相のような立場の人は「現地を知る」必要はあっても「現地で指揮を執る」必要はない筈だ。

首相のような立場の人間は「救助開始!」と命令すれば、直ちに最適な作業が開始できる組織を造ることが仕事で、現場で、拡声器を持って、がれきの下敷きになったままの被害者を励ますようなことは仕事では無い(彼が拡声器で話している間、救助作業が止まっていたんじゃないよね)。

      *      *      *

福田首相のようにメッセージを発することの出来ない指導者も困るが、温家宝首相のようなメッセージ過剰でも困るのではないだろうか?

それとも温家宝首相はPR担当の首相なのだろうか、まるで芸能人がやる「一日消防署署長」のような。

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2008年5月15日 (木)

無駄になった48時間

無駄になった48時間

産経新聞:四川大地震 中国政府、日本の救援隊の受け入れを表明
http://sankei.jp.msn.com/world/china/080515/chn0805151312007-n1.htm

中国外務省の秦剛報道官は15日、「中国政府はすでに日本政府が派遣する震災救援隊の四川省被災地における救援活動に同意した」と発表した。生存者救出のタイムリミット72時間が迫る中、空前の被災規模を前に中国政府が決断したもようだ。



北京の日本外交筋によると日本の人的支援については13日までに、中国側から正式に丁重な断りがあったという。

12日の午後に地震が発生して、既に、3日が経過しようとしています。13日の段階で受入れを中国政府が決めていたらと思うと残念です。

救援隊のみなさんには、厳しい状況下での作業になると思いますが、がんばって下さい。

任務を果たしてのご無事なご帰国を祈っています。

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中国から靖国参拝について文句をつけられる謂れはないのだが

中国から靖国参拝について文句をつけられる謂れはないのだが

産経新聞:【正論】「胡訪日」以後 同志社大学教授・村田晃嗣 次のステップへの可能性も
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080514/plc0805140325004-n1.htm

村田晃嗣氏の結論、戦略性が福田外交に必要、には賛成なのだか一部に納得できない所があるので。

福田氏の姿勢が「媚中(びちゅう)外交」などとは、筆者は思わない。「日本は中国に対して、言うべきことを毅然(きぜん)として言うべきだ」といった類の議論は、控えめに言っても愚昧(ぐまい)である(もちろん、これの対アメリカ版もある)。こうした議論は、「正論」なら中国が素直に耳を傾けるという前提か、それとは関係なく、自分たちの気持ちがスッキリすることが大事だという前提かの、いずれかに立っている(多くの場合、おそらく後者であろう)。

外交において(人付き合いについても同じだが)、言いたいことを言えば良いというものではない。例えば、外交などの公的な場で「言いたいことを言ったあとに反論されてヘタレてしまう」と言うのは最悪だろう。

ただ「言うべきことを毅然(きぜん)として言うべきだ」という気持ちには、「反論しなければ認めたことになってしまう」というものもあることも忘れないでほしい。

      *     *     *

しかし、そもそも、日本国内でも中国に対して「言うべきこと」のコンセンサスが明確であるわけではないし(例えば、靖国問題を見よ)、かりにコンセンサスがあるとしても、「言うべきこと」をどのようなマナーでどのようなタイミングに言うのが最も効果的なのか−−それを考慮することこそ、外交という営みだからである。

「どのようなマナーでどのようなタイミングに言うのが最も効果的なのか−−それを考慮することこそ、外交という営み」と言うことには賛成だが、カッコ内に書かれた内容には賛成できない。

政府首脳の靖国参拝について国論まとまっていないことは認める。確かに参拝について「コンセンサスが明確であるわけではない」と言うことは正しい。

しかし、「中国に文句を言われること」について国論が分かれているのだろうか?

私は、「日本の国論は、参拝の可否については分かれているが、中国に文句を付けられることについては分かれていない(中国に文句を言われるから止める・言われないならら参拝するという問題ではないし、中国はこの問題に口を出すべきではない)」と思っているのだが違うのだろうか?

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2008年5月14日 (水)

中国政府は面子にこだわっている場合じゃないと思うが

中国政府は面子にこだわっている場合じゃないと思うが

日刊スポーツ:四川大地震、要請なく消防隊員の派遣中止
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20080514-359655.html

中国・四川大地震で、総務省消防庁は14日までに、各地の消防局などから消防隊員を現地に派遣する方針を決めていたが、中国政府からの要請がないため、派遣を中止した。

中国政府は、西側の思想(政治・人権)が入ってくるのを恐れているのか、それとも面子にこだわっているのか、海外からの援助を受け入れていません。

人命を救うためには初動が大切だそうです(最初の100時間を過ぎると、救助できる可能性がガクッと減る)。

少しでも多くの命を救うために、援助を要請するべきだと思うのですが。

      *      *      *

幼い子供は、ひとから援助してもらっても当然だと思ってしまいます(だから躾が必要)。反抗期の子供は、援助を受け取ると自我が傷つくので、素直に受け取ることが出来ません。ちゃんとした大人には、人の援助を素直に受け取ることができ、自分も人を援助できることが求められます。

中国もミャンマーも、「他人の援助を受けとる事のできるぐらいの大人の国」になってもらいたい。

      *      *      *

「援助を受け取る」ということは、「自分の能力の限界を示す」ことであるけれど、同時に、「援助する人を信頼する」ことでもある。

日本に(そして世界に)援助の要請をしない(援助を受け取らない)という行為は、中国の日本に対する(世界に対する)姿勢を示しているのだろう。

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2008年5月13日 (火)

どんなに良い掃除機があっても

どんなに良い掃除機があっても

神奈川新聞 社説:光化学スモッグ
http://www.kanaloco.jp/editorial/entry/entryxiiimay08059/

国立環境研究所などは、〇七年五月に広範囲に発生した光化学スモッグについて、オゾン濃度の上昇に中国からの流入が最大約45%の影響を与えていたとの解析結果をまとめた。中国が対策を取らず経済発展を続ければ、日本のオゾン濃度が環境基準を大幅に超過するとの試算も発表された。

懸念されてきた越境汚染が裏付けられたといえる。日本の優れた公害技術を提供し、日中共同で改善への取り組みを本格化させることが重要である。国内では排ガスの総量規制など、対策を一層進めることはいうまでもない。

中国に環境技術を提供したとして、彼等は真面目に実践するだろうか?

      *      *      *

最高級の掃除機があっても、汚い部屋は汚い。手間暇かけて(コストをかけて)でも部屋を綺麗にしようとしなければ、どんな道具も助言も意味がないんだよね。

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政治家に軍事知識は必要だし、軍人の助言も必要

政治家に軍事知識は必要だし、軍人の助言も必要

赤旗:危険な自衛隊の発言力強化策
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-05-12/2008051202_01_0.html

たとえば、提言は、首相秘書官に防衛省・自衛官出身者をあてるとしています。首相に直接、軍事的進言を行うためです。憲法の平和原則や国際政治、外交関係などをふまえるべき首相に軍事的進言は必要ありません。自衛官を国会説明員にするともいっています。制服の自衛官を答弁席に立たそうというものです。自衛隊の政治関与に道を開くものでしかありません。



防衛参事官制度の廃止は、文官のチェックをなくし、自衛隊が防衛大臣に直接進言できる道をつくることにつながります。軍事知識に乏しい防衛大臣が、軍事部門を重用せざるをえない状況にするのが狙いです。

政治は「まつりごと(祭祀・宗教)」である。即ち、価値観とその実現である。そして、同時に「価値観を守る為の方法(暴力装置の構築と使用)」でもある。

故に、政治家は軍事に疎くてはならない。しかし、専門家である軍人よりも知識があるとは限らないから適切な助言を受ける必要がある。

「自衛官(制服組)が首相に助言したり国会で答弁する」ことは望ましいのだ。

      *      *      *

赤旗(共産党)も時々は良いことを書くのですが、自衛隊や軍事に関することだと、どうしようもないことを書くんですよね〜。

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2008年5月12日 (月)

レバノンは国家の態を成していない

レバノンは国家の態を成していない

産経新聞:レバノン市街戦、いったん収拾 ヒズボラ民兵西ベイルート撤退
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/080511/mds0805112034003-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/080511/mds0805112034003-n2.htm

レバノンの首都ベイルートの西部を制圧したイスラム教シーア派組織、ヒズボラ(神の党)を中心とした野党勢力の民兵は11日までに制圧地域から撤退した。ヒズボラの「力」による揺さぶりを受けた親米・反シリアのシニオラ首相が10日、中立的な立場を保った政府軍に事態収拾を要請、軍が衝突の引き金となったヒズボラ独自の軍事用通信網の閉鎖措置見送りを決めたためだ。



政府軍は今回、戦闘に不介入の立場をとった。兵士はさまざまな宗派的背景を持つことから、レバノン内戦(1975〜90年)でみられたように、国内勢力の争いへの介入自体が軍内部に宗派対立と分裂を呼び込むことを懸念したためだ。

西ベイルートでの市街戦では、米欧から「民主化勢力」と称賛される与党指導者のハリリ氏(イスラム教スンニ派)やジュンブラート氏(同ドルーズ派)も依然、民兵組織を維持している実態が明らかとなり、レバノンの社会的構造は、さまざまな宗派や政治勢力の政治ボスが利害と武力を背景に合従連衡した内戦時代と大きく変わっていない実情も浮き彫りとなった。

民兵(=私的暴力装置)に「首都の西部を制圧」されても「政府軍は中立」、しかも、与党も野党も「民兵組織(=政府の管理下にない暴力装置)」を持っている。

ちゃんとした国家であれば、国の一部でも「民兵(=私的暴力装置)」に制圧(占領)されたら、(警察の手に余れば)軍を動かして排除するものです。

国家の内部に於いては「政府の持つ(即ち公的な)暴力装置が最強」でなければなりません。そして、その暴力装置は政府に無条件に従わなくてはなりません。軍隊に独自の立場など許してはならないのです。

こういったことを考えると、レバノンは国家の態を成していないと言わざるを得ません。

      *      *      *

戦前の中国大陸はこんな感じだったのでしょうか。

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2008年5月11日 (日)

パーフェクトを求める社会は生きづらいか

パーフェクトを求める社会は生きづらいか

朝日新聞:各地で「独立系メーデー」 格差・貧困の解消訴え http://www.asahi.com/national/update/0503/TKY200805030167.html

その一人、東京都世田谷区の市野善也さん(26)は派遣の仕事で「綱渡りの生活」を続ける。5年半の引きこもりの後、就職を試みたがうまくいかなかった。「『パーフェクト』が求められる社会は生きづらい。思いを共有できる人たちと顔の見える連携を作っていきたい」と話す。

現在の雇用制度(雇用の習慣)が最善であるとは思わない。特に、年齢が高いと就職や転職のハンディになることは何とかしたほうが良いと思う(雇用期間が数年であるなら25歳でも55歳でも同じじゃないか。それとも25歳の若者を雇うとき三十年先の事業計画を立てた上で雇っているのだろうか?)。「パーフェクトな経歴」を求めなくたって良いじゃないか、と思うこともないではない。

      *      *      *

この記事で引っかかったのは「『パーフェクト』が求められる社会は生きづらい」という言葉です。彼は「パーフェクトな経歴」と言う意味で使っているのでしょうが、最初、私には「パーフェクトな仕事」と言うように聞こえてしまったのです。

世の中の仕事のほとんどは、「パーフェクト」を求められます。それで精神的にまいってしまう人もいる。それを「生きづらい」と表現しても間違いではない。

      *      *      *

江戸時代の言葉に「世の中は野暮が回しているんだ」と言うのがあるそうです。粋な人は、「野暮」と呼ばれることを嫌い、また野暮な人を嫌いました。しかし、世の中を回している(日々の暮らしを支えている人々)は、野暮な仕事も厭わずにする人々でもあるのです。

      *      *      *

「『パーフェクト』が求められる社会は生きづらい」と語るのはかっこいい。だけど、このBLOGが見えるのだって、「神経症的にパーフェクトを追い求めた開発技術者」や「マシンが落ちないことに誇りを感じると同時に、システムダウンを恐れパーフェクトな運用を目指して(胃に穴が空きそうになっている)オペレータ達」の努力の結果なのです。

「『パーフェクト』が求められる社会は生きづらい」と言うことはカッコいい。だけど、私たちの暮らしが「パーフェクトを追い求める人々」に支えられていることも忘れて欲しくないのです。

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2008年5月10日 (土)

民主党は道路族の味方なのか〜ほどほどの勝利を目指すべき

民主党は道路族の味方なのか〜ほどほどの勝利を目指すべき

朝日新聞:道路特例法案、今年度に限定 閣議決定へ
http://www.asahi.com/politics/update/0509/TKY200805090230.html

ガソリン税収などを10年間道路整備に充てる道路整備財源特例法改正案の再議決に向け、政府は13日、「道路特定財源等に関する基本方針」を閣議決定する。道路特定財源は今年の税制抜本改正時に廃止して09年度から一般財源化するとし、その結果、同改正案の規定は「09年度から適用されない」と明記する。



一方、同改正案は9日、参院財政金融委員会で民主党など野党の反対多数により否決された。12日の参院本会議で否決、13日の衆院本会議で再可決・成立する見通し。基本方針はそれに先立つ13日朝に閣議決定する。

民主党をはじめ野党は道路族の味方なのだろうか。

      *      *      *

参議院は道路整備財源特例法改正案を否決してしまった。何故、期間を1年間に修正して修正案を可決しないのだろうか。

もし、1年間に(本年度限りに)修正して可決したら、福田内閣が閣議決定するという09年度から一般財源にするという言葉が本気かどうか直にでも判っただろうに。そして、福田首相が本気であるなら(あるいは、状況に追われてしかたなくでも)、「来年度からの一般財源化」が得られただろうに。

      *      *      *

民主党は福田内閣の閣議決定を信用できないという。実際のところ、来年度からの一般財源化を実現する為には、「一般財源化するための法律を成立させる」必要があり、閣議決定程度では、先々不透明であることは事実だ。

ならば、ここで「1年間に期間を限定する修正を加えて修正案」を参議院で可決させて、衆議院でその修正案を可決成立させてしまえば、閣議決定よりも遥かに強い確率で来年度からの一般財源化が実現する。

なにより、道路の特定財源を維持したい道路族は、守る側から攻める側へと立場が変わる。

      *      *      *

来年度からの一般財源化は、民主党の主張とは異なる部分もある。しかし、来年度からの一般財源化は(完璧な勝利ではないが)部分的な勝利ではないか。

完璧な勝利ではないからと拒否していては、道路族の反撃を容易にしてしまう。政治的駆け引きも結構だが、「民主党が否決してくれて良かった」と道路族に感謝されるようなことを望んでいるのだろうか。

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このような民主党の潔癖さ(あるいは政策より政争を優先すること)が、私に民主党を政権政党に相応しくないと思わせる理由のひとつなのだ。

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北朝鮮との交渉のようだ

北朝鮮との交渉のようだ

ヴォイス・オブ・インディア:中国政府との対話は「失敗」:ダライ・ラマ特使 http://www.voiceofindia.co.jp/content/view/1169/76/

中国政府とチベット問題について対話を行ったダライ・ラマの代理人は、話し合いが「失敗」に終わったとの感想を述べた。特使らは中国政府に対し、チベット騒乱は中国政府の誤った統治の結果としての「回避できないものであった」と伝えたという。

先週末、中国政府と対話を行なったロディ・ギャリ氏とケルサン・ギャルツェン氏の2人の特使は記者会見で「中国政府との対話のほとんどは、納得できないものだった」と語った。

チベット亡命政府と中共政府との交渉は、まるで北朝鮮との交渉のようです。形式としては話し合っているのだけれど、言葉を同じ意味で理解しているのかすら判らない、不毛な交渉。

北朝鮮や中共政府と対話するには「実力(=暴力・経済力)という言葉」が必要なのです。

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歴史問題は「互いに無視」すること

歴史問題は「互いに無視」すること

神奈川新聞 社説:日中首脳会談
http://www.kanaloco.jp/editorial/entry/entryxiiimay08055/

中国国家元首として十年ぶりに来日した胡錦濤主席と福田康夫首相の日中首脳会談が開かれ、共同文書「戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明」に署名した。小泉政権時代に冷却化した日中関係だったが、日中の平和共存、友好と協力の大切さが再確認され、新たな基盤を得たことは評価したい。

中でも中国側が共同声明で戦後日本の「平和国家としての歩みを評価」し、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りにも肯定的姿勢を示したことは特筆できる。中国の対日政策の変化を歓迎したい。

日本側での日中友好への期待と言うか、気持ちは、小泉元首相の時代と比べても冷めています。引用しませんでしたが、この社説にも述べられているように、毒ギョーザ事件やチベット問題・東シナ海の油田などの問題があります。これらの問題について、中国の態度はかたくなです。

その結果(特に毒ギョーザの問題で)、日本国民の中国に対する視線は冷やかなものとなりました。

政治レベルでは雪解けしたかたもしれませんが、(日本の)国民レベルでは、小泉時代よりも冷却化していると私は思います。

      *      *      *

蛇足ですが、今後は、中国からの越境汚染(光化学スモッグ)が加わります。国民レベルでの反中感情は、増すことはあれ減ることはないでしょう。

      *      *      *

最後に日本側の責任も忘れてはなるまい。今回の共同声明では、過去の戦争や侵略に対する日本の「反省」「責任」に関する記述がなかった。これを「過去の問題は終わった」などと考えては間違いだ。日本の「反省」「責任」は日中関係の根底にある。

仮に首相の靖国神社参拝が再開されるようなことがあれば、中国側に「裏切られた」との反発を引き起こすことは必至だ。日中の相互理解と友好協力は、両国の発展はもちろん、環境問題や安全保障問題でも世界に多大な貢献が可能だ。さらなる努力を続けたい。

歴史問題は「互いに無視」することが最善の解決方法なんだよね。

「自分が反省してさえいれば上手く行く」というのは幼児的に過ぎるのではないだろうか。「自分の反省」を「相手が利用」していないだろうかとか、相手にも責任が無かったのだろうかとか考えなくてはならない。

「歴史問題を互いに無視」し、同時に「用心を忘れない」ことが必要なのだ。

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2008年5月 9日 (金)

胡錦濤国家主席は「密室型の政治家(でなければ小者)」

胡錦濤国家主席は「密室型の政治家(でなければ小者)」

緊急直言 胡錦濤主席の早大訪問歓迎せず
http://www.asaho.com/jpn/bkno/2008/0507kinkyu.html

一般に、外国の賓客が来学し、講演を行うときは、事前に教職員に対して参加を募る案内が届く。限られた範囲の人々を集めるような講演会でも、関連科目の担当教員には招待状が来る。学生の参加を募ることもある。しかし、今回は、講演会があることすら伏せられ、前日になっても公式ホームページに情報提供は一切ない。少なくとも私の所属する法学部の中国語関係の教員に対して講演会への参加案内はなかった。法学部がそうなのだから、全学的に中国関係の教員・研究者に参加を呼びかけるということはなされなかったとみてよい。全学に中国語を履修する学生はたくさんいるが、そういう学生たちに講演会への参加がアナウンスされることもなかった。大隈講堂に入れる早大生は、1998年11月の江沢民主席来学時のような、一般公募の学生たち(その個人情報の扱いをめぐって訴訟にまで発展したところの)ではなく、40人前後の「身元の確かな」中国留学経験者だけである。彼らには、事前に「政治的な質問はしないように」という趣旨のことが伝えられたようである。

これでは日中友好はほど遠いのではないか。

胡錦濤主席は早稲田大学で講演をしたそうであるが、聴衆はサクラで「政治的な質問はしない」。

日本と中国が政治的に対立することは、あること、である。対立している相手のトップに質問する機会が与えられた時に「政治的な質問」が禁止であれば、いったい何を話すのであろうか。

これでは日本の一般国民と中国首脳の距離感は無くならないだろう。

      *      *      *

また、胡錦濤主席側が「嫌な質問」をされること嫌い、このような処置を要求したのだろうか。もし、そうであれば、胡錦濤主席を密室型の政治家(福田首相や小沢民主党党首のような)なのだろう。

      *      *      *

「例え自己の主張を大きな声で繰り返すだけ」であっても、対立する人々と議論する。迫力で押し切る、のであっても、とにかく話すことが必要だ。民主社会と付き合おうと思うのであれば、「どんな人とでも、とにかく話す」ことが必要ではないだろうか。

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2008年5月 8日 (木)

あやうい胡錦濤国家主席

あやうい胡錦濤国家主席

西日本新聞:日本の常任理入り肯定 胡主席、中国首脳で初
http://www.nagasaki-np.co.jp/f24/CN20080507/ma2008050701000806.shtml

首相が日本の常任理事国入りに支持を求めたのに対し、胡主席は「日本の国連における地位と役割を重視し、さらに大きな建設的な役割を果たすことを望む。今述べたことからこの問題での中国の積極的な態度を感じてほしい」と応じた。

胡錦濤国家主席の権力は危ういというか不安定なのでしょうか。少なくとも独裁者と言うほどの権力は握っていないのかもしれません。

「〜態度を感じてほしい」と言う言葉は、「私の(私の組織内のでの)立場を理解して欲しい」という意味でしょうね(絶対的な権力を持っていれば、そんな事を言う必要はありませんよね)。

      *      *     *

胡錦濤国家主席が(日本の常任理事国入りに賛成していて、中国国内の反対論に)本気で困っているにしても、演技(ダマシ)であるにしても、日本にとっては同じ事です。「中国は、日本が常任理事国に反対するであろう(胡錦濤国家主席に、説得する能力は無い・説得するつもりは無い)」と言うことなのですから。

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2008年5月 7日 (水)

パンダは友好の象徴?

パンダは友好の象徴?

毎日新聞:胡主席来日:パンダ雄雌1組貸与を表明 「友好の象徴」と
http://mainichi.jp/select/today/news/20080507k0000m010061000c.html

来日中の中国の胡錦濤国家主席は、6日夕の福田康夫首相との私的夕食会で、日本側が求めていた東京・上野動物園へのパンダ、雄雌1組を貸与する考えを表明した。7日の首脳会談を前に「日中友好のシンボル」として日本の対中感情を好転させる狙いがある。

  1. パンダは「貸与」される。「友好のプレゼント」ではなく「1億円程度の貸出品」である。即ち、プレゼントではなくビジネスであると考えるべきで、上野動物園も、予算が1億円純増できるのであれば良いが、そうでなければ皺寄せを受ける動物のことも考えねばならない(もちろん、税金から1億円支出されると言うことも忘れてはならない)。

  2. パンダの貸出は数日前からニュースになっている。ニュースはパンダ歓迎一色ではない。上記の借り受けにかかる費用はもちろんのこと、パンダの生息域がチベット人の住んでいる地域と重なることもニュースで聞いた。日本人は、パンダを「友好の象徴」とだけ見ている訳ではない。

パンダはかわいい、だけれども、パンダを見るとき、チベットのことも思い出そう。

パンダは政治的動物となったのだから。

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2008年5月 6日 (火)

同化しない移民2世はテロの温床

同化しない移民2世はテロの温床

読売新聞:テロ思想の拡散防げ、若者「過激化」対策をG8の主要議題に http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080506-OYT1T00341.htm?from=navr

政府は、来月11〜13日に我が国で初めて開く「主要8か国(G8)司法・内務相会議」で、国際テロ組織とは無縁の若者が無差別テロに走る「過激化」対策を主要議題に盛り込むことを決めた。

2005年7月のロンドン同時爆破テロのように、社会に疎外感を抱く移民2世などによるテロが世界各地で多発しているため。日本に在住する外国人の子弟などにも過激なテロ思想を広めない方策などを主要国の共通課題にしたい考えだ。



背景として、〈1〉移住先での疎外感〈2〉外交政策への不満——が指摘されており、海外からの移住者が国内の地域社会になじめるよう生活を支援する「共生プログラム」なども検討する。

移民は(多くの場合)発展途上国や戦乱の国から先進国へ行われる。移民1世の場合は、覚悟(祖国への諦念や新天地への希望と共に)がある。しかし、移民2世の場合には、そういった覚悟や諦念はない。

移民2世は、移民先の社会に同化できなければ、少数派・異分子として不遇の一生を過ごすことになるだろう。この不満がテロの温床となるのだろう。

      *      *      *

もし、日本が(単純労働者などの)移民を受け入れるならば「日本人になる」ことを前提にし、祖国とその文化を捨てることを求めるべきだ。2世・3世なっても祖国の文化や宗教を引きずることを許すべきではない。

でなければ、「日本にありながら(日本で暮らしながら)、日本でないもの」を生み出してしまう。これは既存の日本社会との軋轢を生み、一歩間違えれば「差別とテロの温床」になってしまう。

リベラルな方々は「出身地の文化を大切に」とか「他文化共生」などとおっしゃる。しかし、民主国家と言うものは「ある程度の価値観の一致」が無ければ維持できなし、多数派の価値観が優先される国家でもある。

そこに「異分子のままでいろ」と言うのは「社会の統一と庶民の安心感」を傷つけるし、2世・3世の人達にとっても不幸なことではないだろうか。

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2008年5月 5日 (月)

「表面的な友好を取り繕う旅」

「表面的な友好を取り繕う旅」

東京新聞:胡主席会見 訪日『相互信頼増す』
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2008050502008976.html

胡主席は今回の訪日を二〇〇六年秋の安倍晋三前首相の訪中「氷を割る旅」、昨年四月の温家宝首相の訪日「氷を溶かす旅」、昨年末の福田康夫首相の訪中「迎春の旅」に続く「暖かい春の旅」と表現。訪日の目的を「相互信頼を増し、未来を企画し、戦略的互恵関係を推進すること」とした。

安部前首相の訪中以来、首脳が訪問(訪中、来日)する度に「○○の旅」とキャッチフレーズを付けるようになっていますが、今回の胡錦濤国家主席の来日のキャッチフレーズは「表面的な友好を取り繕う旅」でどうでしょうか?

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ギョーザ中毒事件に関しては「中国政府も事件を高度に重視し、真剣な調査を行った」と説明。「早期に真相を解明するとともに、食品安全の長期的、効果的なメカニズムについて日本側と話し合いたい」と述べた。

中国はダライ・ラマ14世に対して「言葉ではなく、行動を見る」と言っていますね。日本も、中国に「毒ギョーザ事件」について「行動を見る」と言うべきです。

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行動が伴わない現状では、本当に「表面的な友好を取り繕う旅」になりそうです。

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2008年5月 4日 (日)

日中友好を望むなら

日中友好を望むなら

朝日新聞 社説:胡錦濤主席の訪日—多難な時こそ、大局を
http://www.asahi.com/paper/editorial20080504.html

「来年を日中関係、飛躍の年にしたい」。昨年暮れ、北京を訪問した福田首相は温家宝首相にそう語った。胡氏の来日に続き、北海道洞爺湖サミットや北京五輪もある。中国との外交に長年心を砕いてきた政治家としての、決意を込めた言葉だったに違いない。

それから、わずか4カ月余り。あのころ日中間に吹いていた順風はすっかりやんでしまった。中国製冷凍ギョーザの中毒事件、チベット騒乱と聖火リレーの混乱、東シナ海のガス田開発をめぐる行き詰まり。「飛躍」どころか、冷え冷えとしたすきま風が両国の間を吹き抜ける。



さて、日中の間で、日本の国民に中国への違和感を感じさせた象徴的な問題がギョーザ事件だ。中毒の原因である農薬が中国で混入された可能性は乏しい、とした中国側の一方的な結論に驚き、憤った人は少なくないはずだ。

多くの国民にとっては「毒ギョーザ」が最も対中感情を悪化させる原因でしょう。それ以外のこと(チベット問題、尖閣諸島)は、日々の生活には関係ありませんから。私自身の場合を言えば、チベットや尖閣諸島は「忘れてはならないと心がける」ことです。対して、毒ギョーザ事件は「日々の生活の中(買い物の時とか)で意識させられる・思い出させられてしまう」ことです。

外交や政治に関心のない人であればなおさらでしょう。

      *      *      *

毒ギョーザ事件は強い印象を与えたけれども、中国からの輸入食品が減少し、一般人の目に触れなくなったら、忘れ去られるでしょう。

では、対中感情は改善するでしょうか?

私は改善しないだろうと思います。

それは「中国からの越境汚染」があるからです。

中国から大気汚染物質が日本に流れ込んでくるのは、随分と昔からあったことでしょうが、昨年は「中国からの待機汚染物質が日本人の生活に影響を与えた初めての年」となりました。今年はさらに悪化するでしょう。中国の公害が改善する可能性は、短期的には、「経済崩壊」以外にはありませんから。

大気汚染は毒ギョーザ事件にもまして「意識させられる」ことです。そして大気汚染は科学的事実であるが故に原因が中国がにあることを隠せないのです。

毒ギョーザ事件では、政治は中国を(福田首相の発言に見られるように)擁護しようとしました、けれども捜査現場は『科学的事実』を曲げることはしませんでした。

同じよような状況になるでしょう。

政治が中国を擁護し庇おうしても、気象庁や研究所・大学といった機関が「大気汚染の原因は中国にある」と発表しつづけるでしょう。それが事実なんだから。科学的事実は曲げられませんから。

そして、その発表に対し中国は毒ギョーザ事件と同様の「私は悪くないし、反省もしない」と言った態度を取るでしょう。

これで(中国での利権を持っていない一般国民の)中国への印象が悪くならなければ不思議と言うものです。

      *      *      *

中国の動向を世界が固唾(かたず)をのんで見守るのは、その巨大な経済的、政治的、軍事的な存在感ゆえだ。その中国の姿勢が国際社会の価値観や外交とはそぐわないとして批判され、溝が生まれている。だが、その亀裂がこのまま深まる一方では、世界のためにも中国のためにもならない。

福田首相が胡主席と語るべきは、まさにこうした大局観ではなかろうか。まず、いまの中国に注がれる世界の視線を、率直に伝えることである。

同じアジアの隣人として、日本には欧米諸国よりも有利な立場もあるのだから。

世界の中国への視線を日本が伝える、なんておこがましいことをワザワザする必要があるのでしょうか。彼等だって各国に大使館を持っているし、情報収集だって行っているでしょうに。

そんなことをする前に「中国が日本に迷惑をかけていること」、「それが原因となって、日本人の対中感情が悪化するであろうこと」、「誠実な謝罪や対策を実行しなければならないこと」を伝えるべきでしょう。日本の政治家がそれを伝え、少しでも中国が動くことが、日本の対中感情の悪化を防ぐことになります。

      *      *      *

日中友好を望むなら、福田首相は、中国にキツイことを言うべきだ。

福田首相に、そんなことが言えれば、だけれども。

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2008年5月 3日 (土)

憲法の無効化を望む者達

憲法の無効化を望む者達

東京新聞 社説:憲法記念日に考える 『なぜ?』を大切に
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2008050302008501.html

「なのになぜ?」−ここにもそう問いたい現実があります。

「戦力は持たない」(第九条第二項)はずの国で、ミサイルを装備した巨船に漁船が衝突されて沈没しました。乗組員二人はいまだに行方が分かりません。「戦争はしない」(同条第一項)はずだった国の航空機がイラクに行き、武装した多国籍兵などを空輸しています。

市民の異議申し立てに対して、名古屋高裁は先月十七日の判決で「自衛隊のイラクでの活動は憲法違反」と断言しました。「国民には平和に生きる権利がある」との判断も示しました。

しかし、政府は判決を黙殺する構えで、自衛隊幹部の一人は人気お笑い芸人のセリフをまね「そんなのかんけえねえ」と言ってのけました。「判決は自衛隊の活動に影響を及ぼさない」と言いたかったのでしょうが、「憲法なんて関係ねえ」と聞こえました。

名古屋高裁の4月17日の判決について語るとき忘れてはならない2つの点があります。ひとつは「憲法違反との判断が示されたのは(法律的な拘束力を持たない)傍論」であること、もうひとつは「イラクへの派遣は差し止められなかった」こと、です(今日も「憲法違反と名古屋高裁が判断した活動」が日本国民の共有財産である自衛隊の装備を使って堂々と行われているのです)。

この事を忘れて議論するとこの社説のように「(自分の思う通りにならないことへの)欲求不満を表現した」こと以上のものにはなりません。

      *      *      *

この社説をそのまま信じると「憲法違反の軍事行動であっても、政府は『憲法なんて関係ねえ』と黙殺することが出来る」と言うことになってしまいます。

憲法にせよ他の法律にせよ、効力を持つのは「その法律を有効であると(国民の大多数が)認める」からです。

話が飛びますが「聖徳太子の十七条憲法」は、「正式には廃止されてはいない」そうです(明治憲法は日本国憲法が出来たときに廃止されましたが、そのような明示的な手続きを行っていないそうです)。

日本は長い歴史を持つ国ですから、他にも「明示的には廃止されていない(形式的には有効)が、忘れ去られている法律」があるでしょう。

それらの法律に従う義務はないし違反しても罰せらないでしょう。それは「日本国民の大多数が有効な法律と認めていないから」です。

違反しても罰せられない。裁判所も「違反」としながら「差し止め(停止を命令)」しない。

これは「その憲法や法律が効力を持たない」と認めることです。

      *      *      *

名古屋高裁の判決で違憲判断が示されたのは「(法的拘束力について)意味を持たない傍論」でした。イラクへの派遣は止められませんでした(逆に言えば派遣しても良いという判断でした)。

このふたつの事を忘れて議論するべきではありません。

でなければ「日本国政府は憲法を無視して軍事行動を行っても良く、裁判所からも停止や禁止されることはない」と言うことになってしまいます。

これは「日本国憲法は効力を持つ」という意識を毀損します。そして国民の大多数が日本国憲法の効力に疑問を持ったならば、日本国憲法は(聖徳太子の十七条憲法のような)過去の遺物として扱われるようになるでしょう。

東京新聞を始め似たような議論をされる方々は、そうなることを望んでいるのでしょうか。

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2008年5月 2日 (金)

ひきずり降ろせ

ひきずり降ろせ

東京新聞:福田内閣の支持率急落、19%に 緊急電話世論調査
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008050290171246.html

共同通信社が1、2両日実施した緊急電話世論調査で、福田内閣の支持率は19・8%と、4月の前回調査から6・8ポイント急落し発足以来最低を更新、20%を割り込んだ。内閣支持率が20%を下回ったのは森内閣以来で、危機的水準といえる。不支持率は66・6%。

自民党のみなさん、福田さんを引きずり降ろさないと、自民党の将来もありませんよ。私も自民党に愛想をつきかけています。

あそこまで、国民を説得できない首相・国益を主張できない首相・将来へのビジョンを語れない首相だとは予想できなかったかもしれません(安定感を評価されて就任したんでしたっけ)。でも、もう十分に福田首相の能力を知っているでしょう。

「あまりにも酷い首相を辞めさせさられない自民党」に、私も、愛想がつきそうです。

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2008/05/03 06:28 訂正

 訂正前:自民党のみなさ、
 訂正後:自民党のみなさん、

 訂正前:国益を主張できない主張
 訂正前:国益を主張できない首相

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映画靖国は「人権侵害映画」なのか?

映画靖国は「人権侵害映画」なのか?

朝日新聞:靖国神社が再度、映像削除を要求 「靖国」制作会社に
http://www.asahi.com/culture/update/0501/TKY200805010228.html

3日から一般公開される映画「靖国」の制作会社側に対し、靖国神社は1日、「無断撮影」による映像と、「個人が特定できる神社職員や参拝者」の映像の削除を再び要求した。

靖國神社のような政治的に議論のある場所での「無断撮影」はまずいでしょうし、さらに「個人が特定できる神社職員や参拝者」の言うのも問題でしょう(政治的に議論のある場所で「(本人が望まない場合)個人が特定」されたらマズイでしょう)。

靖国神社の主張が正しいとすると、映画「靖国」は人権侵害映画であると言えるでしょう。

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2008年5月 1日 (木)

むかつく理由

むかつく理由

レコードチャイナ:<食糧>「世界的な危機の原因は、中印ではない」—中国政府
http://www.recordchina.co.jp/group/g18471.html

2008年4月29日、中国農業部の牛盾(ニウ・ドン)副部長が、欧州人民党グループ党首のヨセフ・ダウル(Joseph Daul)氏を団長とする一行と会見し、世界的な食糧危機問題等について意見交換を行った。牛副部長は、「食糧危機の原因は、中国とインドの爆発的な人口増加や生活水準の向上ではない。責任は欧米先進国にある」と指摘した。中国新聞ネットが伝えた。

中国のニュースを聞いていると神経に障ると言うか、微妙にムカツクことがある。この記事を読んで、ひとつの理由に気がついた。

下線部、「牛副部長は〜と指摘した」の「指摘した」が「主張した」なら違和感はあまりないだろう。

「意見や解釈」を「事実」であるかのように話す、ごり押しが通るなら良い方法かもしれないけどね。

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高齢者は責任も自覚して欲しい

高齢者は責任も自覚して欲しい

毎日新聞:近事片々:聖火にやっと歓喜の声
http://mainichi.jp/select/opinion/kinji/news/20080428k0000e070057000c.html

「その紙切れは私の人生を否定するものでしかなかった」。後期高齢者医療制度の通知を手に塩爺(しおじい)のたまう。自民党の長老からしてこの慨嘆。たのみの60代、70代の票は翻った。

後期高齢者医療制度ではお年寄が「純粋な被害者」であるかのような報道が流れている。

私は、これは一面的な報道であるように感じる。

後期高齢者医療制度が必要になったのは、日本が小子高齢化社会となり、多数の高齢者の医療費を少数の勤労者世代が支えることが不可能になった(なりつつある)からだ。日本が小子高齢化社会になったのは、昨日今日のことではない。戦後、何十年もかけて少しづつ進行していた。

その間、現在の高齢者の方々は何をしていたのだろうか? 日本社会を支え、働いていた(そのことには感謝し敬意をはらいたい)。そして同時に、彼等は、日本国の主権者として政治に参加し、日々の言動を通じて日本社会の雰囲気を作ってきた。

つまり、現在の日本社会が小子高齢化社会であること(その結果、後期高齢者医療制度のような制度が必要とされるようになった事に)現在の高齢者には責任があるのだ。

      *      *      *

後期高齢者医療制度を考えるときに、高齢者は「被害者」であるだけでなく「加害者(責任者)」でもあることを忘れてはならない。

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誰も教えてくれなかった

誰も教えてくれなかった

39歳 全財産100円
細切れ雇用食いつなぐ生活
朝日新聞 2008年04月30日 1面13版

男性は99年、都内の有名私立大学を卒業した。浪人と留年を重ね、この時30歳。就職氷河期まっただ中だった。

派遣労働者として働きながら、就職活動を続けたが決まらない。派遣会社10社以上に登録し、契約が切れると清掃業務や建設作業などで食いつないだ。たまに採用されても、契約社員扱い。細切れ雇用の全部は本人も思い出せない。

そのうち面接で「どうして職をそんなに転々としているのか」と聞かれるようになった。これまで60社以上の面接を受けたが、正社員への壁は高くなるばかりだ。

新卒採用が売り手市場であっても、30歳だと厳しいよね。専門性の高い職業、例えば研究職であれば、30歳の新卒でも問題にならないかも知れないけど。

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誰もこの人が10代後半〜20代前半の頃に「30歳の新卒では就職に苦労する、最悪、就職できないかもしれない」と教えなかったのだろう。歳をとると転職や再就職が難しくなること、歳をとれば取る程「可能性」ではなく「専門性や実績」で勝負しなければならなくなること、職を転々とした人間が嫌われることを教えなかったのだろう。

多分、この39歳男性は、誰にも現実を教わること無く30歳まで学生を続けたのだろう。そして、イキナリ現実にぶつかったのだろう。

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学校教育で行うべきか、家庭で教えるべきなのかは判らない。歳をとると就職や転職が難しくなるという現実を変えるべきなのかもしれない。

けれども、子供や若い人に理想や知識だけでなく、現実も見せなければならないことも確かだ。

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