小沢民主党は日米の現実を見るべきだ
産経新聞:【太郎vs一郎】民主、マニフェスト提示に胸を張る
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/081001/plc0810012326005-n1.htm
さらに、外交・安保政策について小沢氏は「第一の原則は日米同盟の維持・発展だ。ただし米国追随は同盟といえない。対等のパートナーシップを確立する」と強調。日米安全保障条約の内容を指摘しつつ「安全保障は日米同盟を基軸としつつも、最終的には国連の平和維持活動で担保される。日米同盟と国連中心主義は矛盾しない」と語った。ただ小沢氏は「基本方針」の下で、国際情勢に応じて日米同盟をどう運用していくかまでは言及しなかった。
小沢さんの発言で3つばかり気になるになることがある。ひとつめは「米国追随は同盟といえない。対等のパートナーシップを確立する」、ふたつめは「最終的には国連の平和維持活動で担保される」、みっつめは「米同盟と国連中心主義は矛盾しない」。
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まず、ひとつめ「対等のパートナーシップ」について。
私は現在の日米間系に満足している訳ではないが、日米関係は「それなりに対等」であると思っている。日本に米軍基地があることや、アメリカ主導のテロとの戦いに疑問を感じない訳でない。それでも「それなりに対等な日米間系」であると思っている。
日本とアメリカの間には、外交力・軍事力で大きな力の差がある。例えて言うならば超大企業(例えばトヨタ)と中堅企業との差ぐらいの力の差がある。
力の差がある企業、超大企業と中堅企業ぐらいの差がある企業が、共同して何かを行う時(新製品の共同開発とか、新しい規格を策定するとか)、「対等」とはどんな事を意味するだろうか。
例えば儀礼的なこと、発表会や会議の席次などは文字通り対等であることは可能だし対等に行われるだろう(この意味では、日本とアメリカは「文字通り対等」だと言える。小泉さんが訪米したときのアメリカの対応は「対等な相手」を賓客として向かえた時のものだった)。
では、実務ではどうだろうか。
この場面では「力の差」が表に出てくる。資金力の差・技術力の差・販売網の差が表にでてくる。中堅企業であっても部分的に勝ることは出来るだろうから、その部分で重きをなすことは出来るだろうが。
例えば記者会見を行ったら、質問は超大企業に集中し、中堅企業は無視されてしまうかもしれない。
「力の差」とは残酷なものだ。
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「日本は、アメリカと対等の外交力・軍事力を持っている」と言う人はいないだろう。
日米には明白な力の差がある。
日米関係が対等に見えないとしたら、それは「力の差」を反映したものではないか。
繰り返すが、私は現在の日米間系に満足していない。しかし、アメリカと「対等ではない」のは日本の政権が対米追従していると言うより、日本とアメリカの現在の力の差を反映したものだと言える。
私も「完全に対等である日米関係」を望んでいる。しかし、そのためには「日本の総合的な国力(当然、軍事力も含めて)」がアメリカと対等になって初めて成されるものであることを忘れてはならない。
それを忘れて「対等な日米関係」を追求しても、良くて「笑いもの」だ。最悪の場合、身の丈を忘れた国家の運命(滅亡)が待っている。
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ふたつめの「最終的には国連の平和維持活動で担保される」とには、今朝の記事で、ロシアのグルジア侵攻について書いたので、長々とは書かない。が、国連が担保するものなんて『会議をすること』だけで、日本が本物の窮地に陥った時に役立つ保障なんてないことと、「担保する」には実力(軍事力)の裏付けが必要であることを指摘しておきたい。
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みっつめの「米同盟と国連中心主義は矛盾しない」もお笑い草だ。国連軍(存在しないが)とアメリカ軍が交戦することは無いだろうが、アメリカの意志と国連の意志が対立することはありうる。
そのとき「国連中心主義」で国連の意志に従うのであれば、日米同盟を弱体化する。多くの場合「米同盟と国連中心主義」は両立するが、矛盾する可能性も十二分にあるのだ。その時にどうするのか?
小沢さんが、矛盾しないから答えない(考えていない)のだとしたら、話にならない。
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小沢さんは日米の力関係の現実・国連の現実が見えているのだろうか。その上で現状の日米関係を「対米追従」としているのだろうか。小沢さんは、「対等のパートナーシップ」と言う言葉でどんな日米間系をイメージしているのだろうか。「国連中心主義」と言うとき、どんな国連をイメージしているのだろうか。
不安でならない。
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私は私の生活の多くを「日本国が存在すること」に頼っている。働いて給与を得ること。治安の良い街を安心して歩けること。子供の教育を公教育にまかせられる(ちょっとあやしい?)ことも「日本国という器」があってこそなのだ。
外交や安全保障は日々の生活に直接影響しないような気がするかもしれないが、「日本国という器」が無くなってしまえば、私達の生活を維持することなんで不可能なのだ。
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