東京大空襲裁判
東京大空襲裁判
東京新聞:全戦争被害者に差別なき償いを 東京大空襲と原爆被害者が訴え 浅草ウオーク
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20081020/CK2008102002000073.html
元軍人には恩給が支給されたが、民間被害者は放置された「戦後補償のゆがみ」をただそうと、二年前から開催。行進前の集会では、原爆症認定訴訟の安原幸彦弁護士が「困窮に対する『社会保障』ではなく、国が進めた戦争で起きた被害を償う『国家補償』を求める闘いだ」と述べた。
「国が進めた戦争」ねぇ(原告も、その「国」の一部なんだがね)。
戦後補償が「今の水準から見て十分か」と問えば、不十分なところはいくらもあるだろう。しかし、戦後の日本の状況からみて民間被害者に対する最高の援助は経済復興であり、その意味では日本政府は十分に有能だったと言えるのではないか。
* * *
この手の裁判を見聞きする度に「国家と国民の対立」を意識させられるが、その度に、違和感を覚える。
社会制度がどうであれ、あるいは、政治制度が民主的であろうとなかろうと、国家と国民は不可分であり、国民は無条件に国家の責任を負わされてしまう(特に庶民は国家の失政から逃れる方法はない)のだ。
良い例えだとは思わないが「家族とその一員のような関係」ではないだろうか。家長が失敗すれば、あるいは他の一員がヘマをしでかせば残りのメンバーは、権限も責任もなくても酷い目にあってしまう。
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この裁判は「政治的な裁判」でしょうから、「傍論で国の非を認め、賠償は認めない」などと言う判決でなければ、最高裁まで争うのでしょうね。
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コメント
私も被災者なのですが恥ずかしいですよ。亡くなった方には本当にお気の毒ですが、戦後の混乱を見ないで亡くなられた見たい思いは有るでしょうが、残された方も食うや食わずで過ごした人間も大変でした。
夫々の方にも想いは残り、悲しい思い出も有るでしょうが、あの時代に起こった事で戦後60年経過して国家の非を認めろ?良く分かりません。日本人が変わったのでしょう。
まあ一国の首相が戦後50年経過して突然「謝罪行脚」して相手からは「鴨がネギを背負ってきた」と喜ばれた事を思い出すと、今更驚く事でもないのでしょうが残念な思いがします。
投稿: 猪 | 2008年11月15日 (土) 15時06分