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2009年7月28日 (火)

家風・世襲・価値観と国家の介入と学校の力

家風・世襲・価値観と国家の介入と学校の力

産経新聞:【2030年】第3部 親を超えられますか(6)格差の世襲 負の連鎖、犠牲者は子供
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090727/trd0907270800004-n2.htm

この職員に、彼らが20年後、親を超えられると思うか尋ねると、その問いには直接答えずにこう述べた。

子供たちの多くは福祉の支援で高校までは進学できる。ただ、せっかく高校へ入っても、安易な理由で中退するケースが非常に多い。それは彼らの親もまた進学しなかったり中退した経験を持つからです。『学校を辞めたい』という子供の言葉に、親が『いいんじゃない』とたやすく肯定してしまう子供の未来はそこで閉ざされてしまう

それぞれの家庭に「家風」といったものがある。「家風」と言うと大袈裟だがその家に続く価値観やものの考え方と言ったものがある。で、問題は「その家庭の家風が社会に適合していないとき」だ。

引用した記事のような場合、社会(あるいは国家)は家庭の価値観に介入するべきだろうか。

私は、介入するべきだと思う。

国家や社会が家庭や個人の価値観に介入することに対して、忌避する傾向があるけれども「格差の世襲」を避けるためには、社会で成功するのに適した価値観を提示し、押し付けなればならないのではないかと思うからだ。

   *        *        *

少し昔の事になるけれども、夕食の時、子供と話していた時の会話を思いだす。マンガの登場人物の階級(軍人だったので)が話題になった。少佐というのは、どれくらい偉いのかと問われて。うーん、二等兵でしょ、それから一等兵、上等兵、軍曹、曹長....とか階級の話をしていた。

で、私が言った「士官学校を出ると少尉からはじまるんだよ」。すると息子が「ずるい!」とすかさず言った(みんな二等兵から始まるのに、少尉から始まるのは狡いと感じたらしい)。

私は「ずるくない、それが『学校を出るということ』なんだ」と答えた。「士官学校が出来る前は、貴族の息子が見習い少尉で任官したんだから」「貴族の家では、読み書きとかマナーとか教えたけれども、庶民の家では教えられないでしょ(士官になるには必要な教養や知識なんだ)」「士官学校が出来て、庶民の息子も士官への道が開けたんだ」「学校に行くということは、そういう事なんだ」。

「学校に行くこと、教育を受けることの力」について話をすることが出来て良かったと思った。

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学校教育に問題が無いとは言わない、しかし、学校には行くべきなんだ。でも、そういった価値観に欠ける家庭もあることだろう。そんな家庭に国家や社会が介入し「学校に行くことは良いことなんだ」と価値観を植え付ける(強制する)ことの是非を私達は決断しなければならない。

家庭や個人の価値観に踏み込んで強制するのか。それとも、ダメな家庭に生まれた子供が不利益を被り、その不利益が世代を越えて子々孫々まで引き継がれて行くことを認めるのか。

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私達は国家や社会が価値観を強制することに臆病になりすぎているのではないだろうか。

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コメント

臆病どころか国家観?て何と問い返す議員が殆どじゃないですか?国家観云々は「票」にはならない議員がそう考えているのですから、票欲しさには日本を褒めてはいけないマスコミが叩きますから・・・

投稿: 猪 | 2009年7月29日 (水) 10時07分

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