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2009年9月15日 (火)

そんなに義務が嫌いか?

そんなに義務が嫌いか?

日本テレビ:あなたと日テレ
http://www.ntv.co.jp/anata/20090913.html

寺島アナ:助川さんは、裁判員制度についてまた、選任された場合について、どのようにお考えでしょうか?

助川:はい、裁判員制度については、事前のテレビや新聞の説明ではもう一つよく分からなかったのですが、現在実際に裁判員参加の裁判が行われて、ようやくその実情が見えてきたように思います。私個人の意見ですが、まだ参加するに当たって量刑の決定やその責任の重さなど、不安を感じています。しかし、もし選任された場合は、押しつけられた義務としてではなく、権利として有意義に参加したいと考えております。

「あなたと日テレ」という番組は日曜日の朝の番組だが、一昨日、なんとなくテレビをつけていたら流れていた。その番組のWebページを見つけたので記事を書く。

番組の終盤で、耳に入った言葉が気にかかったので。

「押しつけられた義務としてではなく、権利として有意義に参加したい」

そんなに義務が嫌いか?

  *        *        *

この記事では、裁判員制度の是非は論じない。書きたいのは「義務ってそんなに嫌なものなのか?」と言うことだ。

もし、私が、裁判員に選任された場合は「義務を果たすために」参加したいと思う(もちろん仕事や諸々の事情を考慮した上で、だが)。

権利として人を裁くのではなく、誰かが裁かなければならいから、たまたま順番が回ってきたから、嫌でもなんでもやらなくちゃならない事だから、裁判員として裁くのだ。

社会を回して行く為に、誰かがしなくちゃならないことをくじ引きで誰がやるか決めると、主権者の代表者が決めたのだ。

だから、くじに当たってしまった人に取ってそれは権利ではなく「義務」だ。

だから私は「(権利としてではなく)義務を果たすために」参加するだろう。

  *        *        *

社会から「義務」を求められるということは、言い方を変えれば「社会から必要とされている」と言うことでもある(もちろん、そこに欺瞞がある場合もある)。

だから、私は「社会から何の義務も求められない」事を恐れる。それは私がイラナイ子になった事を意味するのだから。

  *        *        *

私は、助川さんがどんな方か存じ上げない。当然、助川さんが「義務」や「権利」という言葉にどんな感情や価値を持っているのか知らない。もしかしたら、裁判員制度に賛成で参加を促したいのかも知れない。

世間の大多数の人は「義務」という言葉は嫌いで、「権利」という言葉は好きなのだろう。そんな世間に対して「裁判員制度に参加しよう」と言うためなら「権利として」と言うのが適当かもしれない。

しかし「義務を果たす」という事なしに社会は回っては行かないのだ。その事を私達は忘れてはならない。

私達は「義務」という言葉を嫌いすぎてはいないだろうか。

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コメント

高学歴の人に多いようですね。義務を尽くすのは権力に屈すること、人間の権利として?と言う人が多い。
「義務」「公僕」「責任」と言う言葉もドンドン小さくなります。

投稿: 権利だけ | 2009年9月16日 (水) 10時24分

助川さんがいってることわ好きか嫌いかを表現してる事でわないと思う.
義務からより積極的な意味で権利という表現をしてると思う.なぜあなたわ好き嫌いにスリカエルのでしょうか?よく意味を捉えていただきたい.

投稿: 日本太郎 | 2009年9月16日 (水) 22時27分

ナルホドね、そう言えば日常の大概の仕事は義務感で動いてるように思いますね。
記事の主意とは違うだろうけど、もし裁判員制度が権利なら、
俺は、人を裁くなんてメンドクサイ権利は放棄したいですね(笑)。

投稿: トトロ | 2009年9月21日 (月) 06時17分

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