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2009年10月16日 (金)

そんなに「家」がきらいなら、お独りでどうぞ

そんなに「家」がきらいなら、お独りでどうぞ

朝日新聞 社説:選択的別姓—法制化へと動くときだ
http://www.asahi.com/paper/editorial20091016.html#Edit1

なにも別姓を強制しようというのではない。選択肢を増やそうというのだ。同姓であろうと別姓であろうと、夫婦は責任をもっていい家庭を築いていけばいいし、それは可能だ。「家」制度の名残からそろそろ決別したい。

多様な生き方を受け入れることは、今の社会の閉塞(へいそく)感を打ち破るのにも役立つだろう。夫婦別姓を認めることは、その大きな一歩になる。

ふたつほど。

ひとつめ、「『家』制度の名残からそろそろ決別したい」って、そんなに、朝日新聞は「家」が嫌いなのか?

若いころは「家族」や「親族」や「地域社会」が鬱陶しかった。だけど、そういった「鬱陶しい継り」は、社会保障でもあるんだ。

家制度が破壊されたら「パラバラの個人と国家や社会が直接対峙する社会」という状況になるだろう。そして、大部分の個人は「家」という保護を失い「個人」で社会と戦わねばならなくなる。

格差が問題になっている。失業即ホームレスとい言う厳しい社会の中では、「家」の持っている機能を復活&強化すべきでないだろうか。

ふたつめ、「多様な生き方を受け入れることは、今の社会の閉塞(へいそく)感を打ち破るのにも役立つだろう」

ほんとか?

いま、日本に閉塞感があることは認める。だけど、それは「夫婦別姓」を認めることで打破できるのか?

そして、「多様な生き方」をお互いに認めるためには「規制」というか「共通の価値観」が必要だという逆説を忘れてはならない。

人々が「多様な生き方(≒多様な価値観)」をするとき、当然ある個人と別の個人の価値観は異なってくる。異なった価値観が互いに相手を認める(≒許容)できるとは限らない。むしろ対立することもあると思わなければならない。

対立する価値観を持った個人同士が相手を許容するためには「一致できる何か」を設定する必要がある。

その何かを設定すること無しに、価値観の多様化を進めれば、社会は分裂し内乱へと進むだろう。

  *        *        *

価値観の多様化する社会にあって、統一する何か。それは日本にあっては「天皇陛下」であろう。

天皇陛下の臣民である。この一点で多様な価値観の対立を回避できるのではないか。

私個人の意見を言えば、「日本は多民族国家であってもかまわない。全ての民族が天皇陛下の臣民であると自覚を持てば」、そして「その民族の習慣として夫婦別姓があるのであれば、それも良い。ただし、天皇陛下の臣民であると自覚を持っていれば」。

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コメント

閉そく感と家族制度?何の関係が有るのか判らない。
閉塞感はマスコミが作り出している「武器」みたいなもので戦争中でもマスコミには閉塞感など一片も無かったことは歴史を見れば判ります。

国民は「撃ちて止まむ」「欲しがりません勝つまでは」「兵隊さんありがとう」「パーマネントは贅沢」「国民服で頑張ろう」とのマスコミの大声で閉塞感どころか戦闘意欲に燃えていましたよ。

投稿: 猪 | 2009年10月17日 (土) 10時12分

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