« ほんとう? | トップページ | ドアポストでなければ出来ない表現とはなんですか? »

2009年11月29日 (日)

国民感覚の危うさ

国民感覚の危うさ

愛媛新聞 社説:仕分け終了 見直し最終判断は政治責任で
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017200911283542.html

ただ、議論のあり方も含めて、予算編成過程が公開されたことの意義については異論はないのではないか。

国民の視点にたった事業評価で、省庁の自助努力では削れなかった概算要求にメスを入れる。仕分けはカンフル剤ととらえるべきだろう。

さまざまな無駄が見えてきた。たとえば「3年間海外勤務すると家が一軒建つ」と言われていた外交官手当について、本俸を上回る在勤手当や住宅手当の上乗せ支給などが判明。一般感覚とかけ離れた実態が浮かび上がった。

国民の視点や常識や感覚を無視して良いとは全く思わないが、「海外勤務」の待遇がどうあるべきかについて、一般の国民がどの程度理解しているのだろうか。例えば「『3年間海外勤務すると家が一軒建つ』と言われていた外交官手当」が適切かどうか「庶民感覚」で判断できるとは思えないのだ。

「国民の視点」や「一般感覚」で判断する事に危うさを感じる。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« ほんとう? | トップページ | ドアポストでなければ出来ない表現とはなんですか? »

コメント

国会議員の無駄は決局出ずじまい?一番無駄と思いましたが彼らには判らんのでしょう。仕分け人付属の「有識者」も駄目ですな。

鳩山さんの思考も一般庶民の感覚からは理解できない、仕分けしてくれるか、自分でウンとかスンとか返事してくれよ。

投稿: 猪 | 2009年11月30日 (月) 10時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/46892020

この記事へのトラックバック一覧です: 国民感覚の危うさ:

« ほんとう? | トップページ | ドアポストでなければ出来ない表現とはなんですか? »