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2010年1月20日 (水)

管理するということ・援助するということ

管理するということ・援助するということ

J-CAST:「人間に番号つけるのは牛と同じ」 名古屋市長が「住基ネット」離脱表明
http://www.j-cast.com/2010/01/19058265.html

会談後、河村市長は来年度予算に住基ネット関連の費用を「計上しないつもりだ」と記者団にも表明。

    「人間に番号をつけて中央で管理しようというのは、牛に番号をつけるのと同じようなもの。ソ連のスターリンがやろうとした人間統合システムだ。スターリンもびっくりするような仕組みを日本で導入しようというのは、断固反対しないといけない」

と自らの意見を強調した。

名古屋市の市職員には「職員番号」はありますか。あるなら、名古屋市は職員を「牛と同じ」に扱っていることになりますね。

名古屋市の市立学校には出席番号はありますか。あるなら、名古屋市は生徒児童を「牛と同じ」に扱っていることになりますね。

うちの子供は受験生だ。受験の時には「受験番号」を割り振られる。学校は受験生を「牛と同じ」に扱っていることになりますね。

番号を付けたから「牛と同じ」に扱っていると言うのは、どうかと思う。

   *        *        *

国家や政府に管理されることに抵抗感はある。しかし、管理しないということは「保護しない」ということと同じだ(管理無しに、保護すべき対象を見つけることは出来ない)。誰かを援助しようとするなら、「だれを助けるべきか」を知るために、なんらかの管理をしなければならない。

なら管理のコストや利便性や正確性を無視することは出来ない。

住基ネットに反対するなど「国家(や権力)による管理」に反対するのは、一見、かっこいい。だけど、それは国家が弱者を援助するのを邪魔しかねない。

それを忘れてはならない。

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住基ネットがセキュリティの面で不安とか、もっと安いコストで出来るハズとか言う疑問が無い訳じゃないから(私には議論できるだけの知識はないが)、住基ネットに絶対接続するべきだとは言わない。

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河村市長は外国人参政権に反対で、その意味では大いに応援したい政治家だ(だから、私が名古屋市民なら、この問題にがあっても彼に投票するだろう)。

だけど、リベラルな思想は「弱者切り捨て」と紙一重であることは指摘しておきたい。

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コメント

パフォーマンスの好きな人達ですね。大震災でもありゃ有難味が判るのでしょう。

投稿: 猪 | 2010年1月20日 (水) 10時01分

偽装結婚に苦悩する台湾のケースです。
日本も早急に知らねばなりません。
詳しくは
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/

投稿: 竹取り | 2010年1月20日 (水) 10時09分

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