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2010年1月11日 (月)

人権は内心の自由を侵害する

人権は内心の自由を侵害する

四国新聞:人権意識の高揚を訴え/三豊でキャンペーン
http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/locality/article.aspx?id=20100110000054

参加者は「みんなで築こう人権の世紀」と書かれたのぼりを掲げ、買い物客らにチラシやパンジーの苗などを配布。「いじめ しない させない 見逃さない」と書いたパンフレットを手に「優しく思いやりのある心を育てましょう」と訴えた。同キャンペーンは、観音寺市内のスーパーなどでも行われた。

「優しく思いやりのある心を育てましょう」

別に「優しく思いやりのある心」に反対する訳じゃないけど、「愛国心を育てましょう」って言うと、いろんな団体から反論や抗議があるだろう。

「愛国心」はNGで、「優しく思いやりのある心」はOK。

これは何故だろう?

「愛国心」も「優しく思いやりのある心」も、人の内心に関るという意味では同じなのに。

  *        *        *

私は、卒業式などでの国旗の掲揚や国歌の斉唱を行うことに賛成で、式で起立すべき時に起立しない者を処罰することにも賛成だ。

これは「内心の自由」ではなく「礼儀」であるから。悪い言い方をするなら「面の皮一枚で良いから、礼儀を守れ」と言うこと。

それに対して「優しく思いやりのある心を育てましょう」と訴えるのは、外見ではなく心の内側に踏み込んでいる。外見ではなく、「面の皮一枚」でなく、心の有り様が特定の状態であることを求めている。

こちらの方がよっぽど気持ち悪いと感じるのだが。

  *        *        *

人権もひとつの思想であり、人権擁護運動は思想教育である。私は、人権に関る人達(活動家も一般国民も)「人権教育は思想教育」であることに無自覚であるように見えることが心配だ。

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コメント

綺麗ごとを並べる奴には碌なのが居ませんね。

投稿: 猪 | 2010年1月11日 (月) 09時55分

「人権」を声高に叫ぶ所には、危険が潜んでいます。

同じく「人民」とか「民主」と国名に付いている国に、人民を大切にする政治がなく、民主主義もないことを、多くの人々は知っています。

「人権」とか「子供の権利」に名を借りて、教育破壊を行ったり、アホな子供を育てたりする、けしからん先生たちがいることも、私たちは、知っている。

投稿: ノワール黒田 | 2010年1月11日 (月) 20時48分

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