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2010年2月25日 (木)

税金は「対価」じゃないと思う

税金は「対価」じゃないと思う

産経新聞:【議員アンケート】外国人参政権付与「論拠弱い賛成論」
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100214/stt1002142358011-n1.htm

 だが、「国民固有の権利」(憲法15条)である公務員(議員)の選定を「納税」と直接結びつけることには無理がある。納税は一般的に道路、消防、警察など公共サービスを受ける対価とされており、普通選挙制度は税金を納めていない学生や低額所得者にも参政権を保証している。納税と選挙権を結びつければ「納税しなければ選挙権はないのか」という理屈になりはしないか。

外国人参政権に反対する立場の方々から税金について「公共サービスを受ける対価」との意見を聞くことがある(故に参政権とは関係がない)。

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しかし、私は、税金は公共サービスの対価ではないと思う。もちろん参政権の対価でもない。

「何かの対価であると理由付けすることなしに、税金は国家が自由に(好き勝手に)決めて良いものだ」と思っている。もちろん。ここで言う国家は行政を意味しないし、ましてや財務省でもない。議会や国民などを含めた全てという意味での「国家」。

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税金は国家がなんの見返りも与えること無く徴収して良いものだ。何故なら、何かの対価であるなら「支払わない者は得られない」ということだから、多く支払う人には多くあるいは高品質のものが渡されねばならないから。

公共サービス、例えば公立学校で「○○君の親はたくさん税金を払ってるから、きっちり教えましょ。△△君のうちは税金はらってないから、部活はナシね」とかありえないだろう。

公共サービスは「税金をはらっているから、払っていないから」ということで差を付けることは許されない(年金など極めて限定的にしか許されない)。

故に「税金は公共サービスの対価」と言う考え方は間違っている。

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税金は国家が、自分の主権の及ぶ範囲で好き勝手に徴収するものだ。その税金をどう使うかも国家の勝手だ。

上手に集め、上手に使った国が栄えるという、ただそれだけのこと。栄える国の国民であることは、豊かな生活と誇りをもたらすという、ただそれだけの事だ。

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「税金は公共サービスの対価」という考えは、「税金を払っているのだから参政権があって当然」と言う考えと紙一重の金持優遇の考え方だと思う。

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コメント

税金はその国でその場所で利益を得た「しょば代」、国民でなくても支払うのが当たり前、選挙権など関係無い。

投稿: 猪 | 2010年2月25日 (木) 09時59分

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