« 綺麗事 | トップページ | 5月までかな »

2010年4月11日 (日)

裁判所株式会社

裁判所株式会社

朝日新聞:枝野刷新相「大学入試センターに国が関与する必要ない」
http://www.asahi.com/politics/update/0410/TKY201004100314.html

 枝野幸男行政刷新相は10日、さいたま市で講演し、文部科学省所管の大学入試センターについて、「公平な試験さえやってくれればよく、国の関与がある必要はない」と語った。23日から始まる「事業仕分け」第2弾で、同センターの民間委託も視野に判定を行う考えを示したものだ。枝野氏は「良い試験をすれば大学は利用するようになり、(国の関与がなくても)回る可能性が十分にある」と述べた。

「公平な試験さえやってくれればよく、国の関与がある必要はない」

ちょっと言い替えてみましょう。

警察編:公平は捜査さえやってくれればよく、国の関与がある必要はない。

裁判所篇:公平な裁判さえやってくれればよく、国の関与がある必要はない。

正しいような気がしてきた。「民営化された裁判所」って冗談みたいだけど「正しい裁判・正しい判決」があれば機能としては十分なんだよね。

でも、「民営化された裁判所」では権威ってものが足りないだう。民間会社の(なんとか裁判株式会社の)決定に国家が縛られるのは「権威」の面からいって明らかにおかしい。

大学入試センターも機能としては、良質の問題を出し正確に採点すれば、国の関与など無くてもかまわないだろう。しかし、「権威」という面ではどうだろうか。

  *        *        *

権威、すなわち、みんなが「(正しいかどうか真の意味では判らないけど)、正しいものとして扱う」と言うこと。

  *        *        *

裁判だって採点だって人がやるものだ。当然、誤審冤罪・採点ミスといったものがあるだろう。しかし、裁判の判決を正しいものとして私達があつかうのは、国家がやるからだ(国の権威・権力は国民に由来する)。

大学入試センターに対する国の関与が無くなるのであれば、国立大学の入試においてセンター入試の権威は失われる。

大学入試はいかにあるべきか、という論点からセンター入試について議論され、その結果であるならともかく、予算を捻出するために、関与の有無を議論するのは本末転倒ではないか。

拙速な議論は禍根を招くだろう。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« 綺麗事 | トップページ | 5月までかな »

コメント

教育を金銭で図る「愚」この様な人間の仕分けをしてから仕分けをやって欲しい。
公が関わっていても「参政権」の問題が出題されるのです民間に任す?日教組は関与を堂々とやらかすでしょう。

投稿: 猪 | 2010年4月11日 (日) 15時35分

何をもって 正しいかがわかりませんね

投稿: あきつ | 2010年4月11日 (日) 20時34分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/48054859

この記事へのトラックバック一覧です: 裁判所株式会社:

« 綺麗事 | トップページ | 5月までかな »