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2010年4月18日 (日)

表現規制と価値観の継続

表現規制と価値観の継続

毎日新聞:時代の風:「健全育成」のために=精神科医・斎藤環
http://mainichi.jp/select/opinion/jidainokaze/news/20100411ddm002070082000c.html

 実は私も、この件に関しては、これまで浅からぬかかわりを持ってきた。ここで私自身の意見を簡単に述べておこう。

斎藤環さんが表現規制(「非実在青少年」の性描写への規制)について書かれています。氏の意見に賛成します、引用しつつ感想などを書いてみます。

といっても、アタリマエ過ぎるので「その通り」としか言いようがないのですが。

  *       *        *

 私は漫画を含む児童ポルノを好ましいとはまったく思わないし、被害者が存在するタイプのそれは憎むべき児童虐待であり、唾棄(だき)すべき犯罪にほかならないと考えている。

その通りです。ポルノであろうがなんだとうが「作成する過程で誰かが傷ついているコンテンツは規制/禁止されるべき」です。

少し前に反捕鯨団体が作った映画が話題になっていましたが、ああいいった行為(不法な撮影、被撮影者に了承をとっていない撮影)で、撮影されたコンテンツで商売をしてはいけません。児童ポルノも撮影されたことで傷ついている人間がいるのですから、実写のものについては禁止すべきです。

  *       *        *

とはいえ私は、子供が成人雑誌を読んでいたら問答無用で取り上げるし、ブラウザーに怪しい履歴があれば、フィルタリングソフトも使うだろう。これは別に矛盾ではない。この種の「しつけ」は親から子への「価値の伝達」のための貴重な機会だ。条例のうしろだてなど、大きなお世話でしかない。

全くもってその通り。

子を持つ親としては、子供の安全にはおもいっきり関心があるし、読むもの見るものにも興味がある。

我が家の子供達は高校生&大学生になったので、禁止するという事はもうないけれども、読んでいる小説やマンガについて議論する事もある。コンテンツだけではなく、それを支える価値観についても議論する。

コンテンツについて話し合ったり禁止したりする、その過程でぶつかり合うこと、これは価値観の継承にとって必要な事なのだと思う。

  *        *       *

世間はあるいていど猥雑な方が良い。清浄過ぎる社会はつまらない。

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訂正 2010/4/18 18:09
 訂正前:藤環さんが
 訂正後:斎藤環さんが

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