« 身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ | トップページ | 出発点として正しい »

2010年6月23日 (水)

権力者の道具としての人権

権力者の道具としての人権

産経新聞:人権侵害救済機関設置で中間報告 あいまい内容で懸念払拭されず
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100622/plc1006222239034-n1.htm

 千葉景子法相は22日の記者会見で、政府や特定団体による恣意(しい)的な言論・表現統制の可能性が指摘されてきた人権侵害救済機関設置法案(旧人権擁護法案)に関し、検討の中間報告を発表した。人権委員会を政府から独立した機関として内閣府に設置し、報道機関に関する規定や調査拒否に対する制裁規定は設けないとしている。ただ、いずれの項目も「なお検討する」などと曖昧(あいまい)な表現に終始し、懸念は払拭(ふつしよく)されていない。

人権は素晴らしい理念だと思う。しかし、実用品、つまり私達の生活の中で活用しようと思うと欠陥がある。

それは、定義が曖昧だということだ。何が人権なのか、どんな行為が人権侵害となるのか曖昧だということ。結果、人権は声のでかい人間や口の上手い人間にとって便利な道具になってしまっている。

そんな実用品としての欠陥を持っている道具を、権力が使用するとどうなるだろうか。権力者が恣意的に運用できる道具がひとつ増えることになるだけだ。

  *        *        *

私達は権力者の道具としての人権に注意しなければならない。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« 身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ | トップページ | 出発点として正しい »

コメント

日本人弾圧・日本人逆スパイ法、誰が見てもおかしい法案を法務省が作る。大臣が応援するのが民主党の政治主導、いい加減にしてほしい。

投稿: 猪 | 2010年6月23日 (水) 09時38分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/48699308

この記事へのトラックバック一覧です: 権力者の道具としての人権:

» 「一阿のことば 『美しい日本』16」 [ガラス瓶に手紙を入れて]
 私の最初の課長は三浦さんと言って大人物でした。仇名は「おとん」でした。「お父さん」の略です。加古川の飲み屋で私が飲めないのでジュースを注文すると、悲しそうな顔をされました。酒に品種があるように人間にも品種があるのかな、と 言って彼の学生時代の話をしました。「京大時代に始めて先輩に「芋ぼう」でご馳走になり一升ずつ飲んで帰った翌日、未だ酔いが残っているうちに行ったら安くつく、と言うので二人でのみに行ったが、二升ずつ飲んでその日は自分が先輩を背負って帰った。」それが彼の酒に触れた最初だというの...... [続きを読む]

受信: 2010年6月23日 (水) 17時52分

» [政治] 千葉法相の本願 [kojitans note [日本人として]]
イスラム教は戒律が厳しいがゆえに、移民に寛容だったオランダもナショナリズムを刺激されてしまったようだ。「同化せぬ移民」という記事のように、移民は別にかまわないが、別世界を作られたら国や地域は困ってしまうだろう。これは侵略と同等に感じてしまうのではないか。 フランスで中国人がデモを行ったという。中国移民なのかどういう類の人かわからない。これは現地での中国人をターゲットにした犯罪の撲滅をテーマにしたデモらしいが、すこし恐ろしい気がする。 政府答弁では国境の町の意見を踏まえるとか。それは否定できないし、拙... [続きを読む]

受信: 2010年6月24日 (木) 06時02分

« 身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ | トップページ | 出発点として正しい »