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2010年7月14日 (水)

戦う者はサムライであるべき

戦う者はサムライであるべき

読売新聞:あの裁判の涙は…元船長一転「反捕鯨やめない」
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100710-OYT1T00474.htm?from=yoltop

 裁判では、南極海での反捕鯨活動にもう参加しないと涙ながらに述べていた元船長だが、空港で報道陣に囲まれると一転、「活動は決してやめない」と語った。

 シー・シェパードは6月に元船長を除名しているが、ポール・ワトソン代表は本紙に、「除名も、元船長がもう反捕鯨活動をしないと語ったのも、法廷戦術に過ぎない」と述べ、元船長が団体の活動に戻る可能性を示唆している。

裁判の時に嘘を話したのか、それとも、気持ちが変わったのかは判りません。ただ、「法廷戦術に過ぎない」といった発言な判決後の言動は、自分の言葉に責任を持たないこと、嘘を吐いたことを示唆します。

こういった事は信用を失います。

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犯罪者というものは裁判の時、反省しているように見せかけるものです。実行行為を争えない容疑者はそんなもんです(薬物に窃盗・強姦に殺人、なんでもそうです)。その時は本気で反省していて、でも、執行猶予判決が出たとたんに....って事だって珍しくもなんともありません。

だから、裁判官というものは嘘や言い逃れやその場限りの反省を知らない訳がありません。この裁判でも裁判官が「判決確定後のこと」を考えもしないで判決を言い渡したとは思いません。

初犯ですしね。

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しかし、日本には武士道というものがあります。ニュージーランドはヨーロッパの文化を引き継いでいますから、騎士道と言ったものがあるでしょう。

騎士道では「嘘」についてどう考えているのでしょうか?

もし、シー・シェパードの方々が、信念と誇りを持った人々であるなら、こんな事はするべきではありません。目的の為には嘘を吐くのは反社会的行為であるばかりでなく、自分達の行為に対する信頼を失わせる行為だからです。

裁判や公開の場での嘘を「法廷闘争にすぎない」とあっさり認めてしまうと、「シーシェパードの捕鯨反対は他の目的の為の『法廷闘争』のようなものではないか」と疑われかねません。

彼らが、誇りある戦士(騎士)であるなら、このような嘘つきであると疑われるような行為をしてはなりません。

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目的の為には手段を選ばず、これは「相手と自分しか存在しない最終戦争」であれば良いでしょうが、第三者が存在する普通の闘争、相手を滅ぼし尽くすのではない(皆殺しにするのではない)現代の戦争・闘争においては、自分の言葉を簡単に裏切る事は、長期的にはマイナスになります。

この「法廷戦術に過ぎない」という態度は、シーシェパードにとってボディブローのような効果をもたらすでしょう。

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結局、(生き残る事が出来れば)正直と誠実さが勝つのです。戦う者は誠実なサムライ(あるいは騎士)でなけばなりません。

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コメント

時と場所により変幻自在に言葉を操ります。と言ってるいい加減な奴らの「モラル」を見抜けない人が多いのでしょう。

投稿: 猪 | 2010年7月14日 (水) 10時11分

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