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2010年8月 7日 (土)

謝罪よりも悲しみの共有を望む

謝罪よりも悲しみの共有を望む

東京新聞:『廃絶』と『不拡散』に溝 広島被爆65年
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kakushin/list/CK2010080702000066.html

 広島が「原爆の日」を迎えた六日、原爆を投下した米国の代表が初めて平和記念式典に参加した。被爆者はおおむね好意的に受け止めたが、謝罪抜きの参列に割り切れない思いを抱える人もいる。識者には、被爆者が求める「核廃絶」と、「核不拡散」強化を掲げるオバマ米大統領の戦略との温度差を指摘する声もある。

アメリカに原爆投下の謝罪を求めても無理だと思う。それぞれの立場があり、アメリカはアメリカの正義と思惑で原爆を投下したのだから。

でも私は「悲しみの共有(一緒に悲しむこと)」をしてもらいたいと願う。譲れなかった正しいと思った。思い返しても、他の手段をとったとは思えない。でも、失われた命がある。その事に対して悲しんでもらえればと思う。

  *        *        *

戦争で戦い、あるいは、巻き込まれて失われた命。その命は敵であっても味方であっても、やっぱり命だ。家族があり友人があり人の継がりがある。その失われた命への悲しみを共有できれば(心の問題としては)十分ではないか。いや、謝罪よりも悲しみの共有の方が、やすらぎをもたらすのではないだろうか。

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平和への道程は理性で行うべきだ。謝罪は心の平安にも平和の構築にとっても、役立つことだとは私には思えない。

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コメント

この65年に失われた命は「核」実験も含めて膨大な数になるでしょう、日本が主張すべき事は二度と「核」被害には遭わない事を宣言する事が大事だと思います。

投稿: 猪 | 2010年8月 8日 (日) 09時41分

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