« 便宜供与すべきです | トップページ | 北朝鮮を援助するなら、代金先払いで »

2010年9月19日 (日)

「人権宣言」という実験

「人権宣言」という実験

沖縄タイムス 社説:[仏ブルカ禁止法]排外主義の助長を危惧
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-09-19_10359/

多様性を認めず、少数者に対する寛容さを失った社会は息苦しい。宗教や民族問題がからめば、深刻な対立を招きかねない。

フランス上院はイスラム教徒の女性が顔や全身を黒の衣で覆う「ブルカ」や「ニカブ」を公共の場所で着用することを禁じる法案を賛成多数で可決した。国民議会(下院)を通過しており、法案は成立した。欧州で国家レベルでの法制化は初めてという。

「多様性を認めず、少数者に対する寛容さを失った社会は息苦しい」

歴史的に見て今日ほど多様性が認められ少数者に寛容な時代はありません。つまり、私には、現在の社会の状況が異常であって、「少数者に対する寛容さを失った社会」の方が人間社会としては常態なんじゃないかと思えるのです。

保守系紙の世論調査では約8割がサルコジ氏の姿勢を支持し、同氏はそれに乗って次期大統領選を有利に進めたい思惑があるようだ。

人権宣言をした国で、それに逆行する動きが顕著なのは皮肉である。「ブルカ禁止法」に関する世論調査でも回答者の64%が法律に賛成し、イスラム教徒に絞った調査では86%が法制化に反対している。同法が宗教間の対立を増幅させることを懸念する。

「保守系紙の世論調査では約8割がサルコジ氏の姿勢を支持」

「『ブルカ禁止法』に関する世論調査でも回答者の64%が法律に賛成」

フランス国民はブルカ禁止法とそれに象徴される考え方に賛成しているようです。

「人権宣言をした国で、それに逆行する動きが顕著」

私には、人権宣言なんてしてみて、多様性を認めてみたけど、住み心地の悪い社会になっちゃった、ように見えるのです。それが国民の多くが賛成するという結果の原因になっているのだと思えるのです。

同じ移民の国、米国でも、根っこが同じではないかとみられる問題があった。牧師がイスラム教の聖典コーランを燃やそうと計画していたのは記憶に新しい。

アメリカは自由の国で、宗教的にも自由な国ですが、民衆レベルでは「キリスト教の範囲において自由」であるに過ぎません。カトリックでもプロテスタントでも構わないし、なんとか派でもかまいませんが、キリスト教と呼べるものである必要があります。最低限、キリスト教的価値観と対立しないもの。

タテマエとしての自由(インテリさん達の自由)と一般庶民が許容できる自由は違うんです。

庶民はほんとに肩触れ合って暮らしていますからね。隣人からの影響を強く受けるんです。

「自由、平等、博愛」のフランスは排外主義が醸成されるのを軌道修正してほしい。米国は多様な人種の強みを取り込んできた。宗教や民族問題で社会に亀裂が生じ寛容さがなくなることを危惧(きぐ)する。

どんな社会にも「譲れない価値観・宗教・習慣」があるんです。その価値観以外の部分で寛容になりましょう、ってのは可能だしやるべきなんですけど。野放図に寛容だの自由だのを認めてしまうと、社会が壊れるか、反動があるかするんです。

人権宣言の国での非寛容的な態度は、寛容にも限界があることを示している、そして限界を越えたときに何が起きるかを示しているのでしょう。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« 便宜供与すべきです | トップページ | 北朝鮮を援助するなら、代金先払いで »

コメント

当然でしょう、郷に入れば郷に従う。

投稿: 猪 | 2010年9月20日 (月) 09時16分

寛容にも限度があって当然だと思います。日本にも、仏の顔も三度まで、という言葉がありますね。

投稿: シルバーな親父 | 2010年9月20日 (月) 12時40分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/49498812

この記事へのトラックバック一覧です: 「人権宣言」という実験:

« 便宜供与すべきです | トップページ | 北朝鮮を援助するなら、代金先払いで »