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2010年10月25日 (月)

金あんの?

金あんの?

朝日新聞:被爆者補償、歯止めありきの議論「財政破綻恐れた」
http://www.asahi.com/national/update/1024/OSK201010240157.html

被爆者援護の理念が話し合われたはずの原爆被爆者対策基本問題懇談会(基本懇)は、厚生省(当時)の誘導で、戦争被害者に対する国家補償の拡大に、いかにして歯止めをかけるかが主題となっていた——。基本懇の報告書はその後の被爆者援護法の土台となり、被爆者への国家補償は実施されなかった。被爆者らから「議論のやり直しを」の声も上がっている。



木戸氏は「一般戦災者らの補償要求が高まる中、受忍論をうちたてないと国家財政の破綻(はたん)につながりかねないというのが当時の認識だった。ただ、戦後65年たって時代も変わり、当時の結論のまま要求を拒み続けていいかどうかは正直わからない」と話した。

今も昔も金が無きゃ生活できないのは変わらない。個人であっても家族であっても会社であっても、国家であっても変わらない。

お金が無いとき、どうしようもなく無いときは「我慢しろ(受忍論)」と言うしかどうしようもない。

国家が補償すべきは補償すべきだが、その負担や国家財政に与える影響を無視した議論はするべきではない。

  *        *        *

正義は大切だし、やってしまった事の補償も大事、しかし、先立つものがなければ何も出来無い。それを無視して行えば、別な人に負担をかける事になってしまう。あらたな受忍を誕生させてしまう。

国家補償を議論するときに、その負担は税金で支払われる事を、つまり、新たな受忍を産んでいる、負担を右から左に移している事を忘れてはならない。

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コメント

生きている幸せを何故感じないのでしょうかね・・・

投稿: 猪 | 2010年10月25日 (月) 09時52分

補償と聞くと、我も我も、あれもこれもと、日本人はいつからこんなにサモシイ根性を持つようになったんですかね。
ばら撒きが更に拍車を掛けている。

投稿: シルバーな親父 | 2010年10月25日 (月) 15時32分

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