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2010年10月 9日 (土)

ノーベル賞とナショナリズム

ノーベル賞とナショナリズム

FNN:ノーベル平和賞に劉暁波氏 ノーベル賞委員会「批判に耳を傾けるべき」
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00185862.html

劉氏の妻・劉霞さんは「彼は無罪です。罪を犯したのは彼ら(中国政府)だと思います。中国憲法には言論の自由が明白に書かれているんですから」と話した。

受賞決定について北京市民からは「西側諸国の選択は、わたしたちと違うから、平和賞を受賞した人が実際に平和に貢献しているという意味ではない」といった声が聞かれた。

中国のテレビ局・中国中央テレビは、このニュースを一番最後に「中国外務省は『選考委員会が劉暁波にノーベル平和賞を与えたことは、まったくその趣旨に反することであり、平和賞を冒とくするものだ』と表明しました」と伝えた。

30分ほどニュース漁りをしているけれど、劉暁波さんんのノーベル平和賞受賞について中国の一般人の反応についての報道があまりない。

実は昨日、夕食を食べながらTVを見ていたら、ノーベル平和賞受賞について、北京市民の反応を取材していた(そのニュースを探しているけど見つからない)。気になったのは2つ。ひとつめは、たちまち警察が来て取材が妨害されたと言うこと。このあたりは流石中国と言うべきか。ふたつめは、受賞への反発。

引用した記事に近い意見があった。

「北京市民からは『西側諸国の選択は、わたしたちと違うから、平和賞を受賞した人が実際に平和に貢献しているという意味ではない』といった声が聞かれた」

記憶だが、昨日見たニュースではもっと直接的に反発のしている意見があった。要約すると中国は外国から圧力を受けている、「外国は中国に文句ばっかり言ってくる!」という被害者意識。

  *        *        *

日本のマスコミは民主主義信者だから、民主主義を求める劉暁波さんの受賞を喜び、同時に、中国共産党政府の姿勢を非難するだろう。市民の反発は予想外のものかもしれない。

北京市民の反発、これが当局によるヤラセではないとは言えないし、多数派である保証はまったくない。しかし、国民であるという認識があれば、外国からの干渉や思想の押し付けに対する反発があるのは当然だ。

中国共産党政府の独裁を非難するのは容易い。しかしそれだけでは、中国人の気持ちを理解したり中国の未来を予測する事は出来無いだろう。

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コメント

ノーベル賞委員会による今回のノーベル平和賞受賞者の発表によって、世界中の人々が中国の異質性に気付いてくれることを大いに望むだけで、それ以外の中国内の変化などには期待はしていません。
圧力に屈しなかったノーベル賞委員会に敬意を表します。

投稿: シルバーな親父 | 2010年10月 9日 (土) 16時24分

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