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2010年12月 2日 (木)

日本では死刑が維持されるだろう

日本では死刑が維持されるだろう

毎日新聞:人権と外交:死刑は悪なのか/3 途上国で広がる死刑廃止
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20101124ddm007030127000c.html

「驚くことに、死刑廃止と民主主義の成熟度には、比例関係があまりない。独裁国で廃止されたり、民主主義が発達しすぎて廃止できないこともある」。ジムレ仏人権大使の指摘は興味深い。

死刑廃止国が世界の3分の2に上るのは、南米やアフリカで広がったのが大きい。植民地からの独立、独裁者の交代といった政治の転換が起きると、死刑廃止は「前時代との決別」を印象づけるのにうってつけだ。新しい権力者たちは、死刑が権力の道具に使われる危険を知っている。

「死刑は私的レベルでは報復だが、国家の力という本質も持つ」(仏社会学者ガイヤール博士)。弾圧や抵抗といった厳しい政治体験を通じ、市民が死刑に「国家の力」を見て取るか、報復という私的な次元にとらわれているかによって、死刑に関する議論も政治も世論も大きく違う。

毎日新聞が死刑廃止の立場から連載を行いました。ざっとですが読んでみて、一番印象に残ったのがこの部分です。

日本で死刑廃止論が力を持たないのは、日本が抑圧的だったり、非民主的だからではありません。日本では死刑が権力者の道具としてあまり使われてこなかったからではないでしょうか。

戦前の日本を悪く言う人はいますが、その人達の言い分を見ても、権力者が対立する人間を、作為的に大量に死刑を執行したという話は聞きません。テロや逮捕や拷問の話は聞きますが。

明治や江戸時代に遡っても同じです。

日本では、権力者が死刑を作為的に執行するのは稀なことでした。

故に、国家が(≒権力者が)死刑を執行する事に対して(間違える、冤罪や誤審の心配はしても)乱用されるという心配はありませんでした。今でもそうでしょう。国民に「政府や権力者が、政治的に対立する政党や思想集団を死刑にするような事態が起きると思いますか?」と質問しても殆ど答えは否でしょう。

「市民が死刑に『国家の力』を見て取るか、報復という私的な次元にとらわれているかによって、死刑に関する議論も政治も世論も大きく違う」

いかにも「市民が死刑に『国家の力』を見て」いなければ遅れた国民のような言い方ですが、日本はで死刑が権力者の道具にならなかった、と言うだけの事です。

  *         *        *

日本で、死刑が権力者の道具にならなかったのは、おそらく、日本人の宗教観の故でしょう。恨みを持って死んだ人間はタタリますから。下手に政敵に無実の罪を着せて死刑なんかにしてしまうと、怨霊になって帰ってきますからね。

日本人が、立派なとか人権がとか優しいとか、優れているとか劣っているとかじゃなくて、宗教観や風俗習慣が、日本に死刑を残していると言えるのではないでしょうか。

ですから、私は、死刑がある事や死刑がない事について、優越感も劣等感も持つ必要はないと思います。

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コメント

民主国だから法律で定められた「死刑制度」が必要なのです。

投稿: 猪 | 2010年12月 2日 (木) 10時37分

戦争(武力侵攻)に対する抑止力として有効な戦力を保持するのと同じように、犯罪に対する抑止力あるいは防止効果の一つとして厳しい罰則を設けることは必要なことであると思っております。
話は少し変わりますが。
>1999年末から2009年末までの10年間で在日中国人の服役囚が2倍以上に増加し、1、437人が服役中とのこと。その上、一人の受刑者に対して国家が負う年間の経費は300万円を下らないと言われている。(参照、せと弘幸blog「日本よ何処へ」)
スイスのように国外追放処分を徹底する必要があるのではないでしょうか。

投稿: シルバーな親父 | 2010年12月 2日 (木) 14時55分

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