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2010年12月28日 (火)

本音だけでは息苦しい

本音だけでは息苦しい

琉球新報 社説:靖国訴訟 合祀の強要は不条理だ
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-171537-storytopic-11.html

遺族側は戦傷病者戦没者遺族等援護法(援護法)によって、犠牲者が「戦闘協力者」という身分に捏造(ねつぞう)されたため、靖国神社への合祀につながったと指摘している。

例えば、援護法を適用させるために「壕から追い出された」事実が「積極的に戦闘協力した」と書き換えさせられてきた。沖縄戦の実相はこうしてゆがめられ、戦争の被害者が加害者と同列に「英霊」として靖国神社に祭られている。

みっともなく壕を追い出され死んだ人間も多いだろう、実際、そんな人間の方が多いかも知れない。でも、死んだ後に、「あいつは死にたくない、自分じゃなくて別な人間が出ていけば(死ねば)いいんだ」と言いつつ追い出されたって事にしたいのかしら。

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本音や現実は、多分、そうなんだと思う。自分がその立場にあったら、みっともなく振る舞うのではないかと思う。たとえ、見た目は潔く自分から出て行ったとしても、心の中では色んなみっともないことを思ってるだろうことは確実だ。

私は私がカッコよくない人間だって事を知っている。

でも、死んだ後に、子供や孫には見栄を張りたいとも思う。もし、その立場になって死んでしまったとしても、みっともなく死んだとしても、子供や孫には(妻は自分の実態を知っているから無理だ)カッコいいオヤジとして記憶しといてもらいたいと思う。

「『壕から追い出された』事実が『積極的に戦闘協力した』と書き換えさせられてきた」

あんたのおじいちゃんは、追い出されて死にましたって記憶されているのと、自分の命を犠牲にして、何人かを助けようとしましたって記憶されるのと、どっちを望むのだろうか。

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現在の日本には、多様な価値観があり、多様なコンテンツ(小説・マンガ・アニメ映画etc)があり、多数の物語が語られている。だから、タテマエとホンネの対立を見抜く感性は多くの人間が持っている。「自分から壕を出て行った」と語られても、その実態を、あるいは、葛藤を理解できる人間の方が多数派だろう。

  *        *       *

反戦・反基地闘争をしていても、その中に付き合いで仕方なく動員されている人間がいることを想像することの出来る人間は「積極的に戦闘協力した」ことの本音ベースでの無理さ胡散臭さを想像できる。

むしろ、この事ことを、タテマエすら否定しなければならないとする感性の方にこそ、私は不自由さを感じる。

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コメント

潔い・高潔・勇敢なんて「単語」が見られない世と言うのは悲しいことです。

投稿: 猪 | 2010年12月29日 (水) 12時39分

靖国神社に祀られることに誇りを持てない日本人がいることはこの国にとって不幸なことではないでしょうか。

投稿: シルバーな親父 | 2010年12月31日 (金) 16時55分

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