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2010年12月21日 (火)

国旗国歌とマンガ・アニメ規制は話が別

国旗国歌とマンガ・アニメ規制は話が別

しんぶん赤旗:都青少年条例案“表現守れ”共同広がる
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik10/2010-12-12/2010121203_02_1.html

今回の改定案は登場人物の年齢規定を外し、「刑罰法規に反する性行為」「近親者間の性行為」など規制をさらに拡大するものです。9日の総務委員会では、日本共産党の吉田信夫都議が創作物の中で「刑罰法規に反する」か否かをどのように判断するのかをただしても、都側は明確に答えられませんでした。

国会で「国旗・国歌法」が審議された1999年、政府は「強制しない」と答弁しましたが、全国で率先して強制しているのが石原都政です。「条例が通ったら拡大解釈しうる」(元週刊誌編集長の鈴木力氏)と懸念の声があがっています。

私は東京都の青少年健全育成条例改定に反対であるし、石原都知事の人間性もよく知らないし、や行政(政府・権力)が暴走する性質を持っている事も知っている。しかし、国旗国歌に対する事とマンガやアニメに対する規制は話が違うと思っている。

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国旗国歌の問題は公的な(パブリックな)場所での問題、マンガの問題は私的な(プライベートな)場所での問題。

パブリックな場所では、表現に限らず多くのものが制限される。例えば、先日国会での式典で携帯電話が鳴ってしまったことや国会議員の私語が問題になった。私的な場所では携帯電話が鳴ったぐらいでは問題にはならないが、式典のようなパブリックな場所では問題になる。

国旗国歌の問題では、卒業式での掲揚や斉唱が問題になる。こういった場所場面では、個人の志向や思想信条の自由よりも「みんなで決めたこと(例え自分が賛成していなくても)」を優先しなければならない。

卒業式や国会での式典、これは最も公的なもののひとつと言えるだろう。

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では、私的な場所場面の代表例はなんだろうか。それは個人の頭の中だ。その次ぐらいが布団の中だろう。あるいはトイレとかお風呂とか。

こういった場所では本人や家族が問題ないと思えば問題ない。

こんな場所や個人の頭の中まで政府に文句を言われたい人間はいないだろうし、言いたい人間もあまりいないだろう。

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では、マンガやアニメは、パブリックなものかそれともプライベートなものだろうか。

もちろん、式典と布団の中は両極端で、その中間に多くのものが存在する。家族といっしょに過ごすリビングはプライベートではあるけれども、布団の中ほどプライベートではない。学校の教室はパブリックば場所ではあるけれども、式典ほどではない。

マンガやアニメも商業であったり、多くの人々の目に触れる場所におかれる以上、完全なプライベートであることは有り得ない。しかし、マンガやアニメは娯楽であり、手に取らなければ内容を知ることはできない。本屋に行くことも、買うことも、もちろん読むことも強制されてはいない。

だから、私はマンガやアニメは公的なものというより私的なもの・プライベートなものであると思う。だから行政が干渉するべきではないと思う。

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国旗国歌を式典で強制することと、マンガやアニメの規制を同列に扱ってはならない。

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コメント

マンガを読むということは個人的な娯楽であるほかにも、内容を共有し友人たちとの共通の話題を持つということでもあるとは思います。プライベートな度合いは、その雑誌なり媒体なりによって決まると思います。そういう考え方に立てば、未成年向けと銘打っている雑誌なり媒体なりで、あまり過激な内容のものを掲載・公開するのはいかがなものでしょうか。

現在のマンガが未成年向けを銘打ちながら、かなり過激な内容のものが堂々と載せているのは事実です。ポルノとしか思えないものや、年端もいかない小学生に行きすぎた性知識を植え付けようというおぞましいものもあるようです。

今回の条例は十分な議論を尽くさず半ば強引に通したことは問題だったとは思いますが、マンガ業界側にもこうした条例を突きつけられても仕方がないような問題点が
があったのではないでしょうか。

投稿: ねこ | 2010年12月21日 (火) 23時30分

ブログいつも拝見しています。
このブログではいつも「いったん後ろに下がって全体を見る」ことを忘れない・・・という視点がいつも感じられ、共感を覚えています。
私も保守系を気取ってはいますが、ついつい自分に都合のいい報道、都合のいい解釈に陥ってしまいます。このブログを見るたびに一歩下がって、下がる前の自分を見ることの大切さを思い知らされます。
ブログ主さんの個人のことは何も存じませんが、その視点を大事にして、発信活動を続けられることを願っております
(を)

投稿: を | 2010年12月22日 (水) 01時38分

ねこさん  こんにちは

時間がありませんので、まとまりませんが、一点だけ質問というかお願いをします。

> 現在のマンガが未成年向けを銘打ちながら、
> かなり過激な内容のものが堂々と載せているのは
> 事実です。ポルノとしか思えないものや、
> 年端もいかない小学生に行きすぎた性知識を
> 植え付けようというおぞましいものもあるよう
> です。

実例をご教示願えませんでしょうか。お約束は出来ませんが、実際に読んでみて「これはダメだろう」と思えば考えを変えねばなりませんから。

投稿: 乱読雑記 | 2010年12月22日 (水) 07時03分

現在の少女コミックポルノ盛り 強制的に通した条例表現の自由を侵す しようがないですよね 出版社無責任売れればいい 夢を売るアニメ少ない

投稿: 薩摩の昔船乗り | 2010年12月22日 (水) 09時16分

公私の区分、これが崩れている日本の病巣が全ての処で綻びている。加えて人間とし、大人としての良心モラルは失いたくないものです。

投稿: 猪 | 2010年12月22日 (水) 11時27分

作者や出版社の良識に委ねるだけではこの先どうなるのかと言う危機感を感じている人達が増えてきているのではないでしょうか。
公私の区別を弁えていない、混同する。国民のモラルが全体的に低下してきていませんか?

投稿: シルバーな親父 | 2010年12月22日 (水) 17時24分

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