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2011年1月10日 (月)

行政はどこまでお節介になるべきか

行政はどこまでお節介になるべきか

産経新聞:「資産家がなぜ」 死亡の姉妹、マンション経営に失敗? 大阪・豊中
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/110109/crm1101092347019-n1.htm

市内に住む親族の男性によると、姉妹は10月ごろ、男性に久しぶりに電話をかけてきて「お金を貸してくれ」と頼んできたという。男性は「名家の人間として生活保護などの世話になるのが嫌だったのかこんなことになるまで手を打ってくれなかった市の対応に疑問を感じる」と語った。

他の報道も総合すると、この姉妹はそれなりの資産を親から引き継いでいる。その運用に失敗した結果の困窮のようだ。資本主義と自由主義の社会では、この姉妹が困窮してしまったことは自己責任としか言いようがない。

行政が手を打つとしたら生活保護かそれに準じたサービスという事になるだろう。引用した記事中にあるように、もし「生活保護などの世話になるのが嫌だった」のだとしたら、それでも行政は踏み込むべきだろうか。

嫌だという心が変わるように、カウンセリングなどをするべきだろうか。

  *        *        *

私は、大人の生活保護は本人が申請しなければ行うべきではないと思う。困窮している事には同情するが、助けてくれとも言わない大人を助けるべきではない。

プライドや人生観からか、助けて欲しくないと願う人(たとえ死ぬとしても放っておいて欲しいと思っている人間)だっている。そんな人には放っておいてあげるべきだし、(助けてほしいのに)助けてくれとも言わない人間は、自分から出すモノは言葉だってイヤという人間で、そんな人間を助ける義理はない。

  *        *        *

上手に助ける方法を考えるのは必要なことだけど、大人なら最低限「助けてくれ」と言わなければならないし、助けてくれと言わない大人を助けるのは余計なお世話だと思う。

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コメント

助けてくれと言わない人を助けるのは「おせっかい」。
その通りだと思います。プライド(死語)が人間には必要なのです。
健康でありながら、自分から生活保護を求める?個人的には軽蔑します。

投稿: 猪 | 2011年1月10日 (月) 10時23分

管理人さんの意見に同意です。
一方で、ブログの記事とは直接関係は無いのですが、生活保護のあり方に就いては多くの方が指摘しておりますが、大いに疑義を感じております。
いわく、生活保護で支給される金額が、働いて得られる賃金より高額、日本人の申請には厳しいが外国人(特に在日韓国朝鮮人や、中国人)の申請は優先されるなど。
見直しが必要だと思います。

投稿: シルバーな親父 | 2011年1月10日 (月) 17時01分

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