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2011年4月21日 (木)

私達はセメント樽を捨てられない

私達はセメント樽を捨てられない

青空文庫:セメント樽の中の手紙
http://www.aozora.gr.jp/cards/000031/files/228_21664.html

どこを引用しようかと思ったけれど、引用は止めにする。短い作品なので未読の方は読んでもらいたい。

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読み方がシンプルに過ぎると資本家を糾弾して終わってしまう。この小説に出てくる松戸という人物もセメントの恩恵を受けている。彼には七人の子供があるが、七人もの子供をが飢え死にもせずにいられるのはセメントに象徴される資本主義社会の豊さがあってこそだ(資本主義社会の豊かさが無ければ「間引き」があっただろう)。

死んだ恋人や手紙を書いた女性は同意しないだろうけれど、資本主義社会は豊かさと命をもたらしたと言える。

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けれど一方で、多くの犠牲を払っているという事実から目を背けてはならない。

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福島原子力発電所について東京電力や政府を避難するのは容易い。私も彼等を、特に上層部を擁護することは出来ない。だが、一方で、事故での被害を「社会的コスト」と醒めた目で見ている自分もいる。

先日、漁協の方が、原子力発電所を全て止めろと言っているニュースを見た。確かに原子力発電所は漁師さん達に損害を与えている。だが、人数は知らないが、毎年何人もの漁師さんたちが海で命を落としている。昨日、私が食べたマグロは漁師さんたちの犠牲がなければ(毎年犠牲が出ているのに海に出ることは禁止されていない)、犠牲がある事が実証されているのに維持されているシステムが無ければ、私の所には届かなかったろう。

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労働現場で、職場で、労働災害が起きている。命を落としたり一生残る後遺症を背負ってしまう人がいる。

トラックに轢かれて亡くなった子供だっている。今日、私達が買った商品はそういった犠牲の上にある物流システムがなければ、手に入らなかったものだ。

そういった事実から目を背けたまま、原発事故を論評したのでは、あまりに目の前の事しか見えていないと言わざると得ない。

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私達は、資本主義社会の豊かさを享受している私達は、セメント樽の中に住んでいる。

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