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2011年4月28日 (木)

神事か実用か

神事か実用か

東京新聞:違憲訴訟 全国2例目「被後見人に選挙権を」 知的障害者の女性提訴
http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20110427/CK2011042702000087.html

女性は「社会参加が阻害され、幸福感が失われた」と訴え、「憲法は社会的身分などで差別されないことを規定しており、選挙権がなくなるのは違憲」と主張している。

現在の制度では、成年後見を受けている人(被後見人)にはに選挙権がありません。被後見人は自分の財産の管理する能力もないとされていますから、選挙での判断能力もないと判断するのは合理的であると言えます。

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私は、選挙には二つの側面があると思っています。ひとつは「神事」としての、もうひとつは「実用」としての。

日本各地のお祭りで神事が行われています。神事には、祈りをささげる神事もあれば、神楽や相撲を奉納することもあります。あるいは神様のお告げを聞くための神事(占い)として相撲や綱引きを行うこともあります。山チームが勝ったら豊作、海チームが勝ったら豊漁とか。

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私には、普通選挙が最も優れた指導者がを選ぶ方法であるという確信はありません。しかし、普通選挙は国民みんなを巻き込む「お祭り」「神事」として優れた方法であると思います。

選挙は必ずしも良い指導者を選出しません。しかし、みんなが納得する正当性を与えることが出来ます。ご神託があったかのような効果を持ちます。また、お祭りは参加する人間の仲間意識を強める効果もあります。

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選挙の神事としてのお祭りのしての側面を考えれば「社会参加が阻害され、幸福感が失われた」というのは納得でき可哀想だと思います。しかし、実用としての側面を考えれば選挙権が無くなるのは当然であると思います。

そして、神事としての側面からは「お祭り・神事としての選挙」が穢れないように、投票が正しく行われるようにしなければなりません。

選挙は名前を書いた紙を入れるという神事ではありません、選挙は各人が自由意志で指導者を選ぶという神事です。

被後見人が本人の自由意志で投票することを保証しなければなりません。周囲の人間が、特に後見人や介護をしている人間や市施設が介入しないことを保証しなければなりません。穢された神事は神事としての力を失うのですから。

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