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2011年5月31日 (火)

「教育現場の自治」は恐ろしい

「教育現場の自治」は恐ろしい

毎日新聞:社説:君が代起立判決 現場での運用は柔軟に
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20110531k0000m070128000c.html

同感である。99年に国旗・国歌法が成立した際、過去の歴史に配慮して国旗・国歌の尊重を義務づける規定は盛り込まれなかった。教育現場の自治や裁量に委ねることが本来、望ましい姿ではないか。

現に教育現場である学校に存在する人々だけで、「教育現場の自治」を行い、幅広い「裁量」を認めたらどうなるか。

子供達・保護者・教師、だれが強い立場か。

そこに出来るのは、自治か、それとも教師による独裁か。

教師の独裁を防ぐ十分な手段のない「教育現場の自治」は、バカ教師の暴走と抑圧される子供達という事態を招くだろう。

安易な「教育現場の自治」を許してはならない。

  *        *        *

義務教育でダメ教師に当たった自分としては、国民に監視されている行政は、積極的に教育現場に介入するべきだと強く思う。

  *        *        *

毎日新聞の社説は、卒業式や君が代についてのみ「教育現場の自治」を言っているのかも知れない。しかし、それでは、普段の教育には介入しておいて、卒業式だけ自治を認めよと言う事になる。

それは不自然ではないかと思う。

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コメント

我が国の序列体制の美しさは、教育勅語の中で語られている。

我が臣民は忠と孝の道をもって万民が心を一つにし、世々にわたってその美をなしていきましたが、これこそわが国体の誉れであり、教育の根源もまたその中にあります。
(我カ臣民克ク忠ニ克孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス: ワがシンミン ヨくチュウに ヨくコウに オクチョウココロをイツにして ヨヨソのビをナせるは コれワがコクタイのセイカにして キョウイクのエンゲン マタジツにココにソンす )


忠:  主君に専心つくそうとするまごころ。
孝:  よく父母に仕える。父母を大切にする。
国体:  主権のありかたにより区別される国家の形態


http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

投稿: noga | 2011年6月 1日 (水) 07時49分

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