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2011年5月29日 (日)

本音ばかりだと息苦しくないか

本音ばかりだと息苦しくないか

中日新聞:中日春秋(2011年5月28日)
http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2011052802000004.html

▼知事は、憲法に保障された「思想・良心の自由」の問題ではないとするが、もし起立が「国歌」への敬愛の念の表れだとすれば、起立を事実上、強制することは敬愛の強制になろう

▼だが、そもそも、キューピッドの矢でもあれば別だが、強制によって人に何かを「愛させる」など無理な相談。せいぜいが、クビを避けるため、その気はないが形だけ立つというケースを増やすだけだ

▼思いを拒む相手に銃を突きつけ、とにかく「愛してます」と口に出させる…。例えば、そんな行為に何か意味があるとは思えない。

まるで、敬愛の情や愛国心が無ければ起立してはならないと言いかねないような文章であると思う。

  *       *      *

このコラムを書いた中日新聞の方は、取材の経験がないのだろうか。取材対象の方や組織に尊敬の念がなければ、敬語を使わないのだろうか?

嫌な来客があった時、どのように迎え、どのように会話し、どのように送り出すのだろうか。

挨拶はしないのだろうか。

  *       *      *

式典で起立すること、礼儀を尽くすこと、それと本音はずれて良い。

そのズレは、式典以外の場所で、勤務時間以外のタイミングで、表現すれば良いことではないかと思う(でも下手につぶやくと職を失うから気をつけて。最近もスポーツ用品店であったばかり)。

すべてあらゆる場所と機会で、本音を表現できる人間は、よっぽどの強者、よっぽどの単純な価値観と立場の人間のみだ。それ以外の人間は、行っていることを、全て本音だなん思われたくない。

本音が出せない社会は息苦しい。

しかし、全ての場所で本音を出す、出すことを要求する、それが本音と受け取られる社会は、もっと息苦しいと思う。

  *       *      *

国家斉唱時に起立することを拒否する理由として、「本心からではない」という意見を何度か見る。その度に私は「本心を表に出さない自由」を主張したくなる。表現から本心を推定されて、その本心をどうこう言われる恐怖を感じる。

そっちの方が、よっぽど怖い社会、全体主義的な社会ではないかと思う。

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コメント

中日新聞ではなく“学級新聞”だな。

投稿: 半熟たまご | 2011年5月30日 (月) 12時30分

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