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2011年5月 4日 (水)

絵に描いた餅・餅を造るための汚れ仕事

絵に描いた餅・餅を造るための汚れ仕事

北海道新聞 社説:希望への道しるべとして 憲法記念日(5月3日)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/290075.html

指針としたいのは憲法の理念である。前文は「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とうたっている。

平和的生存権の宣言だ。

その具体化が第9条の戦争放棄と第25条の生存権であり、平和のうちに生きる権利こそが憲法の柱だ。

しかしながら、震災後の現実を見れば憲法が掲げる人権や社会の姿からかけ離れている。

プライバシーもない避難所での不自由な生活は第13条がいう「個人の尊重と幸福の追求」からほど遠い。原発事故で避難を余儀なくされ、慣れない土地で暮らす人々は「居住の自由」(第22条)も実現できない。



自民党内には今回の震災を受け、緊急時に国民の権利を制限する非常事態条項を盛り込もうとする動きもあるが、非常時に名を借りて人権を制限する論議は本末転倒だ。

憲法25条の生存権を掲げつつ、有事法制に反対する。憲法に非常事態について書くことに反対する。

こういう議論をする方々を、私は役立たずだと判断します。現実が見えていなくて、自分は安全な場所にいて、言葉だけの理想をかたる人間に見えてしまうから。

平安末期の貴族のよう(労働貴族は平安貴族ほど優雅じゃないね)。

  *        *       *

生存権があっても場所と食料が無ければ、その人は生きていられない。政府に文句を言っても、物資が無ければ、配給は出来ない。権限が無ければ強制徴用もできないし、買い占めを制限することもできない。

非常時に向けた備えをしていなければ、非常時にオタオタするのは当然で、そのために無くなる命もある。

  *        *       *

憲法25条の生存権を掲げつつ、有事法制に反対する。憲法に非常事態について書くことに反対する人間は、非常時を想定外としているのだろう。

生存権は「絵に描いた餅」だ。その餅を造るための汚れ仕事の一つが非常事態への備えであり、それをバカにしてはならない。

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