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2011年5月 8日 (日)

グローバル競争の落後者になったらどうなるんですか?

グローバル競争の落後者になったらどうなるんですか?

中日新聞 社説:文明転換へ覚悟と気概 週のはじめに考える
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2011050802000016.html

浜岡を含め日本の原発は五十四基、電力の30%を占めるようになっています。すでに原油枯渇の兆候があり、太陽光や風力のクリーンエネルギーへ転換させるにしろ、先行きはなお不透明です。電力の安定供給のためには原発は不可欠という状況です。

原発停止による生活レベルの一九七〇年代への後退は許容できるにしても、グローバル競争の落後者になる恐怖に打ち勝てるかどうか。私たちは無限の成長を前提にした近代世界の住人。文明転換の勇気をもてるかどうかです。

中日新聞の社説には反発することが多いのですが、この部分には、大事な論点が書かれていると思います。ただ、勇気をもって落後者となった場合の生活がどうなるか、国際社会での立場はどうなるか。それについてイメージ出来るような事が書かれていないのが残念です。

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「原発停止による生活レベルの一九七〇年代への後退」、これを中日新聞の社説は「許容できる」としています。ちょこっと、ググって日本の平均寿命を調べてみました。

google:世界銀行、世界開発指標 によると、1970年で72歳、2009年で82.9歳です。生活レベルが1970年レベルに戻ったとしても医療技術や知識が失われる訳ではありませんから、単純に10年縮むとは思いませんが、ある程度、縮むことは覚悟しなければならないでしょう。

小泉改革以降、福祉切り捨てと批判はされていますが、1970年代よりも今の医療と福祉はレベルが上だと思いますから。

寿命が縮む、これは国民(の一部分)を見捨てる・見殺しにするという事です。国家や社会の資源は有限です。少しでも多くの人間を救うべきですが、手がの届かない部分が出てくるのは仕方のないことです。ですから、必ずしも反対はしません。しかし、誰が、どんな場合に、今までは救えたのに見捨てられるのか、議論が必要だと思います。

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「グローバル競争の落後者」になったらどうなるか、中日新聞の社説は「恐怖に打ち勝てるか」と言っていますが、単に恐怖や不安といった精神の問題ではないでしょう。

日本の近隣には膨張主義的な国家もあります。中国が膨張しつづけるかどうかは、微妙なところですが(自壊の可能性もあるので)、もし日本が「グローバル競争の落後者」になったら、かの国は、尖閣諸島や沖縄に対してどのような態度をとるでしょうか。

彼等の歴史観や人権についての考え方を、日本に押し付けてこないでしょうか。

それを「恐怖に打ち勝てるか」と片付けることは出来ません。

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原発を止める、「文明転換」などと言うのは結構ですが、その転換後の社会や生活のイメージを語ってくれなければ、お題目にすぎません。

日本が、グローバル競争の落後者になったら私達の生活はどうなるんでしょうか?

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