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2011年6月21日 (火)

怖くない

怖くない

現代ビジネス:原発から60km人口29万福島市内が危ない 異常な量の放射性物質を検出スクープ 緊急調査で判明
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/9034?page=4

今回、除染が済んだ土に測定器を近づけると、それでも45マイクロシーベルトを表示した。基準値の約12倍。国の計算では年間に240ミリシーベルトを浴びる量だ。福島第一原発の最前線で働く作業員の被曝限度(250ミリ)に近い。ベラネク氏の表情が険しくなる。防護服を着用し、土を採取する。

なかなか扇情的で怖くなるような記事なのですが、ちょっとツッコミを入れてみたいと思います(すると逆に安心してしまうんだな)。

最初は測定数値に「毎時」とついていないこと。シーベルトは「ある期間に浴びる放射線の量」なので、その期間が判らないと意味のある数値にはなりません。まぁ一般的なニュースでは「毎時」ですし、この記事も「毎時」と思って解釈して矛盾しませんから「毎時」なのでしょうけど。細かい事なのですが、事実を軽視し感情や思想を重視しているように思えてしまいます。

2番目は、「測定器を近づけると」うーん、どれくいらい近づけたんでしょうか。ベッタリくっつけてこの数値なのでしょうか。1メートル離れてこの数値だったら怖いですが、ベッタリくっつけないとこの数値にならいなら、あまり恐怖を感じないんですが。

実際、くっつくと危険で離れていれば安全なのであれば、そこを通りかかっただけなら気にする必要はありません。子供だって何時間も一ヶ所に留まることは珍しいですし、手についたら洗えば良いんですよね。

どれくらい離れての数値か書いてください。

3番目は、放射線を危険だ危険だと書いてあるけど、何シーベルトあびたらどうなるかが書いてない。

私は年間累積の線量は殆ど無意味だと思っているので、年間240ミリシーベルトと言われてもピンと来ないし怖がれない。平時に安全側に考えるなら年間1ミリシーベルトなんて数値も良いだろうけど、実際に事故が起きて、経済的精神的負担を考えた上で現実的な対策や行動を考える為には、何シーベルトあびたらどうなるかを(どうなると予想するかを)考えること無しには何も決定出来ない。

4番目は、全ての計測地点の内、どれくらいが危険な(と彼等が考える)値だったのかという割合がないこと。

ホットスポットがあることは予想していたので、高い数値が出たことに驚きはない。問題は割合。どこにでもゴロゴロしているのであれば、当たる確率も高くなるし回数も増えるので線量も増える。探して探して見つけたのであれば、なかなか当たらないし、回数も少なくて済むので線量も低いだろう。

記事になるのは、線量が高い場所だけ。低い場所をわざわざ記事にしたりなんかしない。殺人事件が起きた場所は報道されるけど、事件が起きなかった場所をわざわざ報道しないのと同じ。

5番目、「防護服を着用し、土を採取する」、まるで、土を採取する時だけ防護服を着たような表現。もし、本当に採取する時だけ着たのなら、その土のあった場所からほんのちょっと離れたら安全であるかのように思ってしまう。あるいは、土を採取するという行為が危険なので、そんな事をしなければ安全であるかのような表現。

土いじりをしない人は気にすることないのかしら。

   *        *        *

この記事は、福島は危険で疎開すべきと言いたかったのだと思うが、この記事を読む限り、いろんな事と天秤にかけた上で慎重に判断すれば良いことだ、逆に言うと、差し迫った危険はない、と思えてしまう記事だ。

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