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2011年7月13日 (水)

使い難い道具は改良すべき

使い難い道具は改良すべき

朝日新聞:いま、憲法は「時代遅れ」か—〈主権〉と〈人権〉のための弁明(アポロギア) [著]樋口陽一
http://book.asahi.com/review/TKY201107120284.html

たとえば、憲法9条にかんする議論がそうである。改憲論者はもっぱら国家の権利を論じる。そして、日本の憲法は異常だという。しかし、9条の趣旨は、伊藤博文の言葉でいえば、「国家の(戦争する)権利を制限し、(平和に暮らす)国民の権利を保全することにある」。確かに、立憲主義が始まった時期に、「戦争の放棄」という観念はなかった。しかし、それは、立憲主義の基本から見ると、正当かつ当然の発展である。

憲法は国民が国家権力を縛るものだ、という観点から見ると、現行憲法は「時代遅れ」であるどころか、きわめて今日的である。憲法25条1項には、こうある。《すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する》。たとえば、震災でホームレスとなり職を失った人々を放置するのは、憲法に反する。また、放射性物質の飛散によって人々の生存を脅かすのは、憲法違反であり、犯罪である。本書は、多くの事柄に関して、憲法からそれを見るとどうなるかを、教えてくれる。憲法全文も付載された、最良の入門書である。

政党も政治家も実用品だと思っています。憲法も同じく実用品と思っています。実用品と思って評価すると、時代遅れだからが理由ではなく「使いにくいから改良(改憲)しよう」と思えるのです。

例えば、憲法九条は素直に読むと自衛隊は憲法違反です。でも、現実世界では自衛隊が必要だから無理矢理な解釈で合憲という事にしています。無理矢理な解釈で運用するのでは、使いにくいです。

一般人は、使い難いものから遠ざかります。憲法をこのまま放置すれば、憲法が一般の国民から遠ざかってしまうのではないでしょうか。

  *        *        *

使い難い道具は改良するべきです。また、一般国民と憲法の距離を縮める為にも改憲を行うべきではないでしょうか。

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