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2011年8月24日 (水)

南京

南京

中国国際放送局: 映画『南京!南京!』、東京でヒット
http://japanese.cri.cn/881/2011/08/23/201s179475.htm

人民ネットの報道によりますと、中国の映画『南京!南京!』が21日東京で上映され、日本の観客から好評を得ました。入場前、観客たちは鑑賞後の感想などを記入する「鑑賞アンケート」を受け取っていました。その一部をかいつまんでご紹介します。

コメント頂いたこともあり「南京大虐殺」について書く。

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よく映画の宣伝文句で「全米が震撼」とかあるけど、「東京でヒット」って言うのもそうなのかな。「ヒット」も「震撼」も定義はないので、どうでも良いんだけど、観客はトータルで何人くらいなのだろうか。ヒットって言うからには「コクリコ坂から」に対抗出来る....わけないね。

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私自身は「南京大虐殺」について「(幻派に近い)不可知論者」だ。

日本軍自身に民衆を虐殺する動機があるようには思えない。だから心情的には「幻派」である。もちろん、ひとつの都市が他国の軍に占領されたのだから、事故や事件はあっただろうと思う。民間人を撃ってしまったりとか。

現代の戦争でも誤爆や誤射は無くなっていない。当時の軍事技術で民間人の巻き添えが無かったとは思えない。しかし、組織的な意図的な民間人の虐殺を行ったかと言われると疑問だと思う。

「南京大虐殺」の真実が明かになることは当分ないだろう。少なくとも中国にとって日本を非難する道具として利用可能な間は。

中国は御承知の通り独裁国家であり言論の自由はない。中国政府にとって都合の悪い事は隠される。高速鉄道の事故は悲劇であったが、その後の当局の対応は喜劇であった。事故車両を砕いて埋めて隠す。

さて、南京で政府に都合の悪い事が見つかったら政府はどう行動するだろうか。

真実は、意見や立場の異なる人間が調査研究してこそ明らかになる。中国の南京で、「南京大虐殺は無かった」という立場で大規模な調査が出来るだろうか。「南京大虐殺」を調査するとして、その調査が出来るのは(ゲリラ的な調査ならともかく大々的な調査を出来るのは)「なかった派」ではなく「あった派」だけだろう。

意見や立場の片側からだけの調査で真実だと思うことは出来ない。

故に、私は「不可知論」の立場をとる。無かっただろうとは思いつつも。

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しかし、日本は何年たっても「南京大虐殺」や「朝鮮半島の植民地支配」について非難されるのは何故だろうか。

そんなに凄い事件なのだろうか。

大戦が終わってから60年。「南京大虐殺」から74年たっている。

アメリカは、ヒロシマ・ナガサキや東京大空襲やドレスデン以降にもベトナムやアフガンやイラクでさんざんやらかしている。イラクやアフガンは現在進行形でもある。やはり半世紀以上も昔の事件よりも今々の事件の方がインパクトがある。

中国も同じ、昔の事件(天安門事件よりもチベットやウイグル)。昔の事件が軽いという訳ではなく、現在進行形の事件の方が注目を浴びる。

ロシアも同じ様なものだ。

日本が、いまだに「南京大虐殺」などで反省を求められるのは、それしか攻撃材料がないからだ。反省していないからではない(アメリカや中国やロシアが「反省」したなんて聞かない)。

日本は半世紀以上もの間、非難されるような事をしていない。故に半世紀以上も昔の事を非難され続ける。さがしても、そんな昔の事しかないから。

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「南京大虐殺」に日本がオタオタしている間は非難が止まることはない。彼等は利用可能なものを手放したりはしない。日本が「南京大虐殺」について非難されるのは日本が反省なんかしているからで、「だからどうした」って態度をきっぱりとると彼等は非難を止めるだろう。

ヤクザが(国家なんてヤクザみたいなもんだ)、ゆすりを止めるとき。それはゆすりの対象が反省した時じゃなくて、利用ができなくなった(金が無くなった。警察が出てきた)ときだ。

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