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2011年8月17日 (水)

国際社会での人権の扱われ方

国際社会での人権の扱われ方

毎日新聞:人権と外交:増殖する雇い兵/上 批判封殺、リビアの顔
http://mainichi.jp/select/world/news/20110814ddm007030083000c.html

半年で「反体制派側の死者最大3万人」(クレッツ駐リビア米大使)と推定され、なお出口の見えないリビア内戦。反政府デモが始まった2月、最高指導者、カダフィ大佐は外国人雇い兵に白昼、市民を無差別に射殺させ世界を仰天させた。その後も、雇い兵部隊は大量殺りくを続けている。

究極の人権弾圧部隊は、何年もかけて周到に編成されてきたが、その期間は、国際人権外交の舞台で、リビアが「人権国家」の体面を着々と整えていった時期と重なる。

引用元の記事の何処を引用しようかと悩んだのですが、結局、先頭の部分にしました。人権というものが国連で、あるいは国際社会でどう扱われているか、いかに空虚なものか透けて見えるような気がしましたから。

同じ引用元に以下のような記述もあります。

03年1月、ハジャジ氏は、国連人権委員会議長に選出された。リビア政府広報官は「リビアが人権に関して潔白であることを世界が認めた」と自画自賛。

いま、リビアのカダフィ政権を人権重視の政権だと言う方はいないでしょうけれども、そんな国の代表が国連の人権委員会で議長に選出される。

これが国際社会での「人権」の扱われ方。

片方で民衆を弾圧する傭兵部隊を養成するような国を人権委員会の議長に選ぶのが国連という存在です。

  *        *        *

ハジャジ氏は強硬だった。同組織の出席資格停止へ動き、中国やロシア、イランなどが同調。国連人権高等弁務官が止めに入る騒ぎとなった。人権外交の荒廃に危機感を抱いたアナン国連事務総長(当時)は、人権委員会を解消し現在の人権理事会へ昇格させる改革に着手、06年に実現する。

あたらしくなった「人権理事会」も問題を抱えているというニュースも時々眼にします、中国も理事国に入っているし。ある腐敗した組織が(タテマエと実態の乖離が大きくなった組織が)衣更えしても、変わったのは看板だけって事もよくある事ですしね。

国連を構成する国の力関係が激変しないかぎり、国連における人権の扱われ方は人権委員会だったころとさほど変わらないでしょう。

  *        *        *

国際社会や国連、さらに言うと外国全般から、日本に人権問題が突きつけられても、「その国の利権・国益の為の主張じゃないの?」とまずは疑ってかかって、実行したら日本の私達の利益になるのか良く考えてみなくちゃいけません。

例として、外国人に参政権を与える事と人権を絡めるのなんてのもありますね。

人権!と言われたら、まずは疑いましょう。

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