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2011年9月 6日 (火)

沖縄の主体性

沖縄の主体性

琉球新報:「辺野古移設は構造的差別」 佐藤優さん講演
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-181052-storytopic-53.html

また「中国の海軍力増強や米国内の財政問題で、海兵隊が沖縄から出て行くという状況が実現するかもしれない。だがそれとパッケージで、強力な自衛隊の派遣が起きるかもしれない」とも指摘。「日本の国を守るというが、本当にわれわれを同胞と思っているのかという根元的な議論をする状況に、沖縄は追い込まれていくのではないか。沖縄が主体性を持たなければならない」と訴えた。

主体性を持つ、なんて言うとカッコいいし、正しい事だと思う。しかし、心の内に主体性を持っただけでは意味が無い。それを実行できる力が必要だ。あるいは心の内の刃を隠す忍耐か知恵か。

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沖縄の地理的条件は変わらない。100年後も1000年後も沖縄は今の位置にありつづける。そして、人間の歴史は戦争に満ちている。

沖縄は小さい島だ。中国やアメリカに対抗するだけの軍事力を備える事は出来ない。薩摩藩にだって対抗できなかった。

つまり、沖縄はそれなりに軍事力を持つどこかの国と同盟を組まなければ、その安全を確保出来ない。主体性を持ったとしても、日本・アメリカ・中国のどれかを選ばねばならない。

文化的に近く、また好戦的ではない日本は(戦争をした回数が他の国に比べ少ない日本は)沖縄にとって好ましい相手なのではないか(沖縄人ではない自分には判断できないことだか)と思う。

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主体性を持ちたいと思うのは結構な事だ。しかし、現実感覚、力と知恵が必要であることを忘れてはならない。

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沖縄の石垣島では、つくる会系の教科書が採択された。背景には地元の保守化があるという。

朝日新聞:国境の島 教科書激論
http://mytown.asahi.com/okinawa/news.php?k_id=48000001109020001

愛国心を浮揚し、自虐史観の克服を掲げる「つくる会」系の教科書。なぜ、沖縄で選ばれたのか——。

背景には地元政治の「保守化」の流れがある。

日本の政治のおかしな所だと思うが、日本の左翼は中国や韓国・北朝鮮に融和的でありすぎる。まるで、中国や韓国に融和的であることが左翼であることの条件であるかのようだ(反中的な左翼が存在しないとは言わないが)。

まるで、左翼を選ぶことは中国を選ぶことであり、保守を選ぶことは日本とアメリカを選ぶことであるかのようだが、これは本来の右翼左翼の定義からするとおかしくないかと思う。

石垣島の保守化は、中国の圧力に直面した人々が、日本とアメリカを選択しようとしていると言うことだろう。中国よりも日米の方が安心した暮らしが出来るだろう。

石垣島の選択は当然であり賛成する。

沖縄本島は、その辺境である石垣島の選択を尊重するだろうか。

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