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2011年9月 6日 (火)

経済合理性があるなら使え

経済合理性があるなら使え

愛媛新聞:大江健三郎さんが反原発で会見
http://www.ehime-np.co.jp/news/local/20110906/news20110906948.html

脱原発に向けた1000万人の署名を呼び掛けている作家の大江健三郎さん(内子町出身)らが6日、野田政権の発足を受け、東京都内で記者会見し「経済的合理性や生産性ばかりにとらわれない理念を掲げる勇気と見識を求める」との声明を発表した。

福島原発の事故の後始末はまだまた続くだろう。5年や10年はかかる。安全対策のコスト・事故の後始末のコストを考えた上で経済合理性があるなら原発を使うべきだ。

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化石燃料はいつかは枯渇する。それは化石燃料であるかぎり避けられない事だ。枯渇した時にどうするか、枯渇が迫って値段が上がった時にどうするか。それを考えないで化石燃料をバンバン使うことは許されない。

いわゆる再生可能エネルギーはまだまだ力不足だ。もちろん技術開発は進めるべきで、反対なんてしないが、原子力発電も選択肢の一つとして残しておかねばならない。

風力や太陽光やバイオが失敗した時に、想定外、と言う訳にはいかないのだ。

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いま現在はともかく、将来、原子力発電は経済的合理性を持つタイミングが来ると私は思っている。その時、原子力発電を再開(あるいは増加)することを躊躇うべきではない。

大江さんは「経済合理性や生産性ばかりにとらわれない」ように求めている。何が経済的に合理的なのかは、議論するべきだが経済的な合理性は追求するべきで、経済的な豊さがあってこそ、文化を発展させることができ人間は豊にくらせる。

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現在、生活保護受給者が増えているそうだ。これは二つの事を示している。経済的な困窮が広がっていることと、その困窮者を支援するだけの豊さ(厳しくなってきているが)があるということ。

本当に困窮した社会では、生活保護なんて出来ない。そんな社会では生活保護が必要な人々は単純に餓死してしまうと言う事を忘れてはならない。

経済的な合理性を追求することは弱者切り捨てや文化の軽視に継がりやすいけれども、経済的に困窮することも弱者切り捨てや文化の貧困を招いてしまうのだ。

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何が経済的に合理的なのかを議論することは良いことだけど、経済的な合理性を否定してはならないと思う。

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コメント

核廃棄物処理の問題を考えると原発はやめるべきと、昔から考えています。一節には化石燃料より早く核燃料が枯渇するともいわれてるようです。今すぐはまず無理でしょうけど脱原発・脱化石燃料は進めてゆかないとですかね。

投稿: | 2011年9月 9日 (金) 22時17分

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