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2011年9月 8日 (木)

学問の自由と社会的発言について

学問の自由と社会的発言について

武田邦彦さんの「東北の野菜は健康を害す」発言が波紋を広げています。ツイッターなどを眺めていると、彼の発言を(彼のブログの記事を含めて)好意的に受け止めている人がいる一方で批判的な人もいます。

例えば「セシウム137の致死量は0.1mgなのか?(http://togetter.com/li/185357)」などを読むと、武田さんの学者としての能力について疑問を感じてしまいます。

ところで、彼の発言は科学者としての発言なのでしょうか。

武田邦彦さんのご自身のブログから引用します。問題になった発言を取り消さないかと聞かれた事への返答です。

一関市長さんへのご返事
http://takedanet.com/2011/09/post_d44c.html

学者が学問的見地から発表したことを、政治、行政などがどのように解釈し、それを参考にするかは政治、行政側の問題であり、学者は学問的良心に基づくべきで、社会的なことを過度に配慮してはいけないと考えています。また、発言は私の科学的判断と正直な気持ちでそのまま言っておりますので、恐縮ですが事実ですから取り消しはいたしません。

武田さんの問題となった発言は「東北の野菜は健康を害す」と言いつつもどの程度の確率で害が出るか言っていませんし、「もちろん健康を害すから、できるだけ捨ててもらいたい」などとも発言しています。

科学者が科学者としての発言ならば、「○○の確率で健康を害す(と私は予想する)」と言わなければなりません。その確率を受容するかどうかは科学の話ではなくて社会的な問題です。「捨ててもらいたい」なんて事は、科学者としての発言ではなくて、社会的存在としての人間の発言。ハッキリ言ってしまえば社会活動家としての発言(あるいはバラエティ番組で求められた発言)です。

  *        *        *

勿論、社会的な発言だったとしても日本には言論の自由があります。しかし、ご自分の発言が科学的と言うよりも社会的な発言であることを自覚するべきであると思います。

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コメント

青酸カリの毒性は、放射性物質のたった
2000分の一だったのですね。

投稿: | 2011年9月 9日 (金) 13時44分

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