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2011年10月 4日 (火)

変化の時代だが、どこへ向かって変化するのか判らない

変化の時代だが、どこへ向かって変化するのか判らない

毎日新聞:米国:「ウォール街デモ」各地に飛び火
http://mainichi.jp/select/world/news/20111003k0000e030024000c.html

周辺では、米経済紙ウォールストリート・ジャーナルをもじったミニ新聞「オキュパイド・ウォールストリート(占拠されたウォール街)・ジャーナル」が配られた。「革命が始まっている」との見出しの記事は、今回の運動を1960年代の平和運動や中東の民主化運動「アラブの春」になぞらえ、「米国も歴史の節目にある」と指摘。「2500万人以上が無職で、5000万人以上が健康保険に入っていない」「我々のシステムは壊れている」と訴え、大企業や富裕層による富の独占を批判した。

失業者が大量にいても、私達の社会には(当然、アメリカにも)物が溢れているのよね。

  *        *        *

農業が主な産業だった時代、人口の8割が農業に従事していた時代があった。農業技術(耕作機械や化学肥料や農薬)の進歩と産業革命があり、農業にそんなに人手がいらなくなった。そのときには、余った人間は工場で働く事が出来た。

いま、工業は(コンピュータの発達により)人手がいらなくなりつつある(アメリカなどの先進国では発展途上国との人件費の差もある)。

100人が必要な作業が10人で出来るようになることは、基本的には良いことだ。しかし、残った90人は何をするのだろうか。

農業から工業へ、そしてサービス業へと人は流れているが、サービス業だって省力化されつつあるように思える。自動化出来ない真の意味で知的なサービス業(弁護士・医師・アーティストなど)に従事できる人間なんて数がしれている。それ以外の単純労働的なサービス業は機械化され自動化され人は減らされてゆく。

100人が必要な作業が10人で出来るようになったら、10人でやるのが当然だ。しかし、のこりの90人には仕事が無くなる。

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農業社会から工業化社会へと変化するときには受け皿があった。いまの人減らしでは行く先が無い。

基本的には、少人数で沢山仕事がこなせるようになるのは良いことだ。あまった人間はさらに別の価値を産み出せば良いのだから。しかし、あまった人間を飢えさせているのが(飢えさせかねないのが)現在の状況だ。

あまった人間に何をさせるか(どんな価値を産み出してもらうか)が問われているのだろう。

私には答えが見えないのだけれど(ワークシェアやベーシックインカムは答えになるだろうか)。

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