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2011年10月 2日 (日)

人間の限界

人間の限界

毎日新聞:時代の風:放射性物質汚染とデモ
http://mainichi.jp/select/opinion/jidainokaz/news/20111002ddm002070082000c.html

そう、放射線を浴びるまでもない。システムはすでに私たちを匿名化し、とうの昔に確率的存在に変えてしまっていたのだ。

デュピュイは講演で次のように主張する。システムの悪における責任の問題を考えるという困難を乗り切るためには、「象徴的思考」に訴えよ、と。フィクションとしての集合的主体(「私たち」や「原子力ムラ」などの)を想定することが、それを可能にするだろう。

顔を持たないシステムに対抗すること。それは私たちが「顔」や「名前」を持つ存在として「声」を上げることを意味するだろう。すでに都内では数万人規模の反原発デモが繰り返されている。この種の運動が久しくみられなかった「楽園」において、これは喜ばしい兆候だ。支援と擁護と参加をもって、その歴史的意義への肯定に代えたい。

「フィクションとしての集合的主体(「私たち」や「原子力ムラ」などの)を想定することが、それを可能にするだろう」

レッテル張りをしましょうと言いたいのですか?

「顔を持たないシステムに対抗すること。それは私たちが『顔』や『名前』を持つ存在として『声』を上げることを意味するだろう」

これは、単なる市民や国民であること(レッテルを張られた状態)から、「『顔』や『名前』を持つ存在」つまり、レッテルを剥がす行為をしましょうと言っている。

「その歴史的意義への肯定に代えたい」

そして、正義は我にありと言う。

   *        *        *

敵にはレッテルをはり、自分達は顔や名前を持った存在になる。人間が戦うとき戦争するとき、自分達は互いに名前で呼び合い敵のことは○○人とか○○教徒と呼ぶ。そして正義を唱える。

どんな方か存じませんが、デュピュイさん、人間を争いに向かわせる基本を押さえてらっしゃる。

   *        *        *

人間の限界を見るようで悲しい。

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