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2011年11月27日 (日)

遊びをせんとや

遊びをせんとや

琉球新報:談志さん死去:声帯切除を拒否し高座に 長男と長女が会見
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-184411-storytopic-6.html

2人によると、談志さんは昨年11月に医師から、「喉頭がんが再発した。一刻も早く声帯を取る手術を」と言われたが、本人は拒絶し、がんの表面を取り除く施術を受けながら高座に上がり続けた。

梁塵秘抄に「遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ」という歌があります。

談志さんの訃報に接して、何故だがこの歌を思い出しました。

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この歌、特に前半部分は哲学的です。

遊び・戯れといっても真剣にやるからこそ面白い、でも真剣にやれば上手くいかなくて悔しい思いをすることもある。

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人間は遊ぶために生まれてきた。でも、何をして遊ぶべきなのかは誰も教えてくれません。

そこに人間の苦しみを見るか、だからこそ自由であると人間の尊厳を見るかは、ひとそれぞれでしょう。

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談志さんは、自分の遊びを見つけ真剣に遊ばれた方だと思います。

合掌。

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