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2011年11月 4日 (金)

止めたことの副作用?

止めたことの副作用?

南日本新聞 社説:[玄海4号機] 運転再開は拙速すぎる
http://www.373news.com/_column/syasetu.php?ym=201111&storyid=36067

定検に入った原子炉が1基も再開できない状況で、玄海4号機だけがひと月もせずに再稼働したのは、トラブルによる停止はストレステストの対象にならないとの国の基準があるからだ。九電も会見で「4号機はトラブルで停止したので、扱いは運転中の1号機と同様」と説明している。経済産業省原子力安全・保安院のお墨付きを得たとの言い分だ。

だが、周辺住民からすれば正常運転していた原子炉の定検による停止より、トラブルで止まった炉の方が不安は大きい。トラブル停止の炉の点検も同じくらい厳格にするべきなのに、規制を緩くした国の対応は矛盾していると言わざるを得ない。

定期検査で止まった原発が再稼働していれば、玄海4号機は止まったまま定期検査になったのではと思っている。多くの原発が止まっていて動かせないから、法的な抜け穴を探してでも、多少の無理をしても動かしてしまうという行動に出ているのではないか。

政治的動かせない状況が続けば、結果として、現実の安全や危険とは別に、政治的に、あるいは法的に動かせるものを無理して動かす事にならないか。

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いま、新しい原発を作りたいと言ったら、頭がオカシイと思われかねないような状況だ。しかし、一方で、原発が無ければ電力が不足する、あるいはエネルギー源の多様化を計るべきという議論もある。

そういった政治的戦いが、新規の原発はダメで既存の原発は認める、なんて結果になったら、古い原発を無理して使うという事にならないか。

もし、そうなったら、いままでの経験に学んだ新しい安全設計の原発ではなく、設計も古く老朽化し原発を無理して使うということにならないか。

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なんでもかんでもとめたら良いってもんじゃないと思う。

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