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2011年11月 2日 (水)

結果責任も道義的責任も押し付けられるんだから

結果責任も道義的責任も押し付けられるんだから

毎日新聞:熱血!与良政談:主権者教育
http://mainichi.jp/select/opinion/yora/news/20111102dde012070048000c.html

見出しを見て「何を突然、言い出すのか」といぶかった人もいるかもしれない。「主権者」とは、私たちは単に選挙で投票する権利がある有権者というより、政治を動かす主役なのだとの意味を込めた言葉。「教育」とは、その主権者として学ぶことを指す。

いや、そんなに堅苦しく考える必要はありません。なぜ、投票に行った方がいいのか。今の政治はどうなっているのか。日本の場合、それを学校教育の現場で学ぶ機会があまりに少な過ぎるのではないか。今回はそんな話。

この引用したコラムは、結果として投票に行けば良いと読めなくもないので、その意味ではなんだかなぁ~なのですが。

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王制国家だろうが独裁であろうが、あるいは貴族政治であろうが、庶民は失政のツケを払わされます。

民主国家でも同じ。いや、もっと悪いかもしれない。

王政や貴族政治なら、王様や貴族が悪いと他人のせいにできたかもしれませんが、民主国家となって「主権者たる国民」になってしまうと、失政のツケは勿論のこと道義的責任まで持たされちゃいます。

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民主国家の国民は結果責任はもちろん道義的責任まで持たなくちゃならない。なら、少しくらい政治などなど勉強して意見や文句のひとつも言えるようになるべきじゃないでしょうか。

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ギリシャは、この経済危機の最中に国民投票をするそうだ。EUからの支援には色々と厳しい条件がついているらしい。その条件を飲むかどうかの国民投票。

この国民投票が、どっちに転ぶにせよ、政治家には責任がなくなる。だって国民が決めたことなんだもの。何が起きても国民のせい。

民主主義って、政治家が責任を取らないってことなのかしら、なんて思うとシニカルに過ぎるでしょうか。

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