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2011年11月22日 (火)

産みの苦しみであれば良いけれど

産みの苦しみであれば良いけれど

朝日新聞:カイロ軍政批判デモ、治安部隊との衝突続く
http://www.asahi.com/international/update/1121/TKY201111210093.html

エジプトの首都カイロなどで18日から21日にかけ、2月の革命後に全権を握った軍政を批判するデモ参加者と、排除しようとした治安部隊の衝突が繰り返された。エジプト保健省は21日までに22人が死亡したとしている。負傷者は1千人を超えた模様だ。



政府側は「28日から始まる総選挙をやめさせようとする策動だ」と衝突を非難。一方でデモを呼び掛けたムスリム同胞団や青年グループなどは、軍と政府の暴力を批判する声明を出した。

民主主義とは剥き出しの暴力の代わりに数の暴力を使うものです。内乱や内戦で、つまり剥き出しの暴力や武力で権力を握るのではなく、選挙で数の暴力を獲得して権力を握るのが民主主義です。ですから選挙は内戦のようなものです。

民主主義が定着してない国家では、選挙が近づくとテロや暴力が起きるもの「剥き出しの暴力」から「数の暴力」への移行が終わっていないからでしょう。

エジプトでは28日にから選挙が始まるようです。選挙が近づくと暴力沙汰が増えること事態には驚きません。いろんな政治勢力が有利になろうと策動しますから。暴力沙汰が増えるとは言え、死者が20人以上も出ている。これは危険です。

「剥き出しの暴力」から「数の暴力」への移行が進んでいないことを暗示します。

   *        *        *

選挙では勝ち負けがあります。当選した人がいれば、落選した人がいます。勝った政党があれば、負けた政治勢力があります。そして数の暴力で負けた側が、剥き出しの暴力に戻ってしまったら内戦の始まりです。

民主主義を維持する為には、負けた側が「剥き出しの暴力」に戻らないこと。その為には勝った側が負けた側に配慮すること、主義主張の違いよりもエジプト国民としての仲間意識が優越することなのですが、エジプトにそれが出来るでしょうか。

不安です。

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