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2012年1月20日 (金)

左翼思想への不満

左翼思想への不満

シネマトゥデイ:「君が代」不起立訴訟の原告・根津公子さん、「裁判に負けたことは新たな出発」
http://www.cinematoday.jp/page/N0038559

18日、現代の教育現場に迫ったドキュメンタリー映画『“私”を生きる』の舞台あいさつがオーディトリウム渋谷で行われ、本作にも出演している「君が代」不起立処分取消し訴訟で敗訴した原告の根津公子さんと、土井敏邦監督が登壇し、今後も戦う意向を示した。

君が代不起立は間違いと思っているので、先入観を持ってしまっているのかもしれませんが、「“私”を生きる」というタイトルに左翼思想というか左翼の活動家に共感できない理由が出ているように思いました。

それは「個人」に拘りすぎているように見えること。この映画のタイトル「“私”を生きる」に、どうぞご勝手にって思ってしまう。国家や社会の軽視と言うと大袈裟だが、アンタはアンタでどうそ、ワタシはワタシで勝手にするという印象。

不起立にしても、ひとりよがりの立闘争って印象を持ってしまう。

  *        *        *

しかし、こういった“私”という存在はというか、個人主義というか、人生観の行き着く先は「どうせ、最後は死んでオシマイ」じゃないかな。“私”を生きたところで、その生きた“私”の為したこと、残したものを誰かが引き継いでくれなきゃ虚しい。

そうすると“私”を生きるのだけでなく、家族や家系を「生きる」になる。個人が人間集団に、そして国家になる。そして、ある程度の規模の人間集団になると国旗や国歌のようなシンボルが必要になり、そのシンボルへの敬意の表明が必要になる。

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尚、私は、映画は見ていませんので映画の内容については判りませんし批評も出来ません。タイトルを見ての感想です。悪しからず。

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コメント

私もこの映画は見ていませんし、見る気もありませんが、君が代不起立に関して言えば左翼教師が幼稚にしか感じられません。セレモニーの手順に逆らうという意味で。
はからずも映画のタイトルはそれをひとことでいい表わしていると思います。

投稿: naga | 2012年1月20日 (金) 10時52分

一人の人間としてならば立とうが座ろうがどうぞご勝手に、しかし教師として生徒に向き合う時国旗君が代に背を向けなさいと堂々と教えられるのでしょうか?・・・山の中にでも籠って一人で生きて行くんですネ。

投稿: | 2012年1月21日 (土) 22時00分

公の場、しかも自分以外の卒業生が主役である卒業式において、「私」を優先して生きるんですから、なにをか言わんや…

滅私奉公や敬天愛人というのは死語なんですかねぇ。

投稿: えまのん | 2012年1月27日 (金) 10時47分

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