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2012年1月10日 (火)

安心なんて無理だという前提に立ちましょう

安心なんて無理だという前提に立ちましょう

北海道新聞 社説:「社会保障と税」素案 暮らしの安心はどこに(1月7日)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/341884.html

政府・与党が社会保障と税の一体改革大綱素案を決定した。

現行5%の消費税の税率を2014年4月に8%、15年10月に10%に引き上げることが柱である。

週明けにも与野党協議を呼びかけ、本年度内に関連法案を通常国会に提出する構えだ。

だが素案からは肝心の社会保障の将来像が見えてこない。無駄削減など政官が身を切る努力も不十分だ。

これで暮らしの安心が得られるとは思えない。

みんな、いつかは死ぬの、そして、生きている限り新しい出来事があるの。

だから完全な安心なんて有り得ない。

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よほど強固な信仰を持っていて自分は絶対に天国に行くとでも思っていないと、死ぬのは怖い。生きている間の事だって、どんなに株や貯金を持っていても経済全体ががおかしくなったら吹っ飛んでしまう可能性は残るし、大地主だって天変地異で所有している土地の価値が激変してしまう可能性は残る。なにより戦争でも起きて日本という国家が主権を失ってしまったら何を持っていても取り上げられない保証はないし、身体の生命だって安全じゃない。

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逆に言うと「安心なんて当人のものの見方に過ぎない」と言える。

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政府に安心を求めても、政府は安心させてくれない。だって、そもそも無理な事を求めているんだから。政府の嘘を信じれば安心できるかもしれないけれど、日本国民は(そしてマスコミは)騙されるには小賢しくなりすぎた。

でも「これで暮らしの安心が得られるとは思えない」と政府に、あるいは政治家に、安心を求める。これは政府を攻撃する側にとってとっても便利な方法だ。

だって「○○が不安だ」と要求して、その事を(政府が)解決できたら、次の不安なものを出すことが出きるんだもの。人間が不安に感じるものは果てしなくあるから、いくらでも不安な事をだすことができる。

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自分が実行しなくて、お客さんの立場で、安心させてくれって騒ぐほど楽な立場はない(だけど主権者の立場それをやるとしっぺ返しを喰うことになる)。

私達は安心させて欲しい。人間なら当然の望みだ。だけど、そもそも無理なんだという自覚もするべきだ。

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